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Google/YouTubeのプロジェクト「VRクリエイターラボ」から生まれた180度3D立体視の本格ドラマ「VR勇者さくら」

- カルテット・イマジナリオ代表 加嶋一哲氏/テレパック 山後勝英氏/シーピックス ジャパン 広瀬睦氏 インタビュー -

GoogleとYoutubeは、昨年10月、「VRクリエイターラボ」と呼ぶプロジェクトを実施した。これは、Googleが策定したVR規格であるVR180(180度の視野、3D立体視によるVR動画)のコンテンツ制作についての募集プロジェクトで、最終選考者は3カ月という期限の中で、自らVR180の制作ノウハウを学びながら、40,000ドル(約400万円)の資金を得て制作できるというものだ。

Google、YouTubeは、このプロジェクトをすでに、米国ロサンゼルス、英国ロンドンでも実施しており、今回はその東京版といったところ。VRの普及へ向けて、優れた作品をつくるクリエイターを育てる一環と見られる。

昨年10月末に最終選考を経て、11月に12組の選抜者が決定。12月にはYouTube Space Tokyoでブートキャンプと銘打った3日間のワークショップでVR180コンテンツ制作の基本を学んだ後、それぞれのチームごとに制作を開始した。

完成した各チームのVR180作品は、3月から順次公開されている。その中の1つで本格的なドラマ仕立ての作品が「VR 勇者さくら~禁断のコード~」(以下「VR勇者さくら」と略)だ。全5話のエピソードからなり、3月28日から公開を開始し、4月25日に第5話(最終話)が公開される。

同作品の企画、監督、脚本、さらに編集とVFXを担当したカルテット・イマジナリオ代表の加嶋一哲氏と、制作協力のテレパックの山後勝英氏、VRアドバイザーとして技術サポートを担当するとともに、水中のVR撮影を担当したシーピックス ジャパンの広瀬睦氏の3人に、プロジェクトの経緯や参加しての感想などを聞いた。

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左からテレパック 山後氏、カルテット・イマジナリオ 加嶋氏、シーピックス・ジャパン 広瀬氏

■コミカルな本格SFドラマ

「VR勇者さくら~禁断のコード~」は、ゲームオタクの女子高生・風守さくらが、現実世界に実体化したVRゲームのラスボスに連れ去られた父を救いだすとともに、世界の破滅から地球を守るというストーリー。コミカルで明るい展開で、ゲームやSF要素がちりばめられている。各回のエピソードには意外性のある展開がしこまれており、劇中では本格的な殺陣やVFXも楽しめる演出となっている。エンターテインメントとしての完成度が高く、幅広い層が楽しめるドラマに仕上がっている。

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3DCGも多用したコミカルなSFドラマ

加嶋氏が率いる制作プロダクション、カルテット・イマジナリオは、VFXや3DCG、アニメ、VRなどデジタル技術を駆使した映像制作を幅広く手掛けている。VRプロジェクトでは、昨年、結成20周年を迎えた人気グループMONGOL800の展示イベント「MONGOL800 ga EXHIBITION モンパチ展 in Okinawa – 20th Anniversary」で展示された360VRライブ映像の撮影・制作を担当している。

また、作家性の高い作品も得意としているのが特徴で、 自主制作でのVR作品では「月明かり Moonlight」や「GLITCH」などを発表している。「GLITCH」は、VRカメラメーカーVuzeのコンテストで1位を獲得している。

今回、YouTubeの「VRクリエイターラボ」に応募したねらいについて、加嶋氏は次のように説明する。

「これまでしっかり作り込んだ脚本による物語を、VRで制作する機会がつくれなかったので、今回それをぜひ実現してみたかった、というのが応募の動機です。今回、仕事やプライベートで知り合った様々な分野のプロフェッショナルとのコラボレーションが実現し、良い作品にすることができました」

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新しいVR180の世界でのドラマづくりに挑戦した加嶋氏

世界観のベースとなる魔王の着ぐるみ、仮面、主人公さくらの武器などの小物類も、株式会社プージャの造形師、其之壱氏によりオリジナルで制作してもらったという。

加嶋氏は、本格的なドラマを作るに当たり、優れたテレビドラマを数多く制作している制作会社大手のテレパックに撮影面での協力を打診した。ドラマ、CM、映画など幅広いジャンルの映像制作を手掛けるテレパックだが、これまでVR作品の制作をする機会はなかった。VR作品制作協力に応じたテレパックの山後氏は、加嶋氏からVR作品の打診が来たとき「いよいよ(VRの依頼が)来たと思った(笑)」という。

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VR制作の協力依頼を快く受け入れてくれたテレパックの山後氏

テレパックは、YouTubeに自社のチャンネル「テレパックチャンネル」を設けているなど、自社のオリジナルコンテンツの発信や新メディアの動向にも力を入れている。「新しいメディアは仕事柄つねにチェックしており、VRの動向についてもウォッチしてきた。そうした中で、そろそろそういう話があると感じていた」(山後氏)という。

山後氏は、加嶋氏の協力依頼を快く受けいれたが、テレビ番組制作と比べて予算的な制約もある中で「テレパックとしても、新しい試みであったこともあり、新しい技術や手法を楽しんで作れる人を集めた」という。撮影監督には、テレビドラマのカメラマンである株式会社フォーチュンの岡崎真一氏にオファー。機材も、通常の三脚をVR用にカスタマイズするなど、試行錯誤をして撮影を進めたという。また照明、音声のスタッフもテレビドラマで活躍するスタッフが担当し、ドラマスタッフによるVR映像の撮影現場が実現できた。

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本格的なドラマ制作の態勢で撮影が進められた

VRアドバイザーとして参加したシーピックス ジャパンの広瀬氏は、360度映像の黎明期から技術を習得してきたカメラマンだが、それ以前から水中撮影の経験も豊富で、現在では世界でも珍しい水中も撮れるプロのVRカメラマンとして世界中から依頼を受けている。「今では仕事の8-9割が360度撮影」(広瀬氏)という中で、最新技術も積極的に導入し、8K360度映像なども数多く手掛けている。

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VRアドバイザーとして参加し、VRの水中撮影でも協力したシーピックスの広瀬氏

本作品では、主人公のさくらが着衣で泳ぐ水中撮影のシーンを、広瀬氏が撮影している。ダイビング用のプールを時間借りして撮影。1時間半で撮影したという、さすがの手際よさだ。

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5mのダイビング用プールで撮影

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水中ならではの浮遊感のあるVR映像ができた

ポストプロダクションでは、加嶋氏が過去にオンラインエディターをやっていた経験を活かし、本作品の編集、3DCG、VFXの全てを自ら担当した。また劇伴制作、エンディング曲制作、音響効果、整音などの各工程でも、撮影同様に様々な現場のプロの協力を仰いだ。

■カット編集が生かせる180VR

今回のVRクリエイターズラボの大きな特徴は180VRの作品をつくるという点にある。さらに、規程として5本のシリーズ作品として制作し、加えてメイキング映像を制作することが義務づけられている。180VRは、VRを知っている人にとっても、まだなじみの少ないジャンルといえるだろう。HMDを装着しているのに、見える範囲が前方180度のみという限定された視野になるが、これには演出的なメリットもある。「VR勇者さくら」はそれをうまく生かした作品となった。

加嶋氏も、これまで360度VRの経験は豊富だが180VRは初めてだったという。応募に際しては「180VRならではの特徴を生かした作品をつくる」点を重視した。180VRが360度VRと比べ、映像の作り方で大きく異なるのは、視聴者が連続して前方を見続けるため、カット編集が利用しやすい点だ。「VR勇者さくら」では、主観映像と客観映像がカットでつながれ、それぞれ効果的に使われている。

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主観映像を撮るために、殺陣を演じる役者の前方にカメラが配置されている

「VR180では360度VRよりも視野が狭くなることで、双方向性が抑えられる。その事により、視聴者の視線を気にせず、ストーリー展開の都合でカットを入れやすい。また物語という意味では、自分が主人公になるよりも、魅力的なキャラクターの主人公を客観的に観る方が楽しめるのではないか。但し、VRの強みでもある主観映像で登場人物になりきる体験の効果も活かしたい。ストーリーテリングと没入体験のバランスをベストにするため、客観と主観の組み合わせや、各カット毎に周りを見回す時間的な余地を持たせることなどを十分に考慮した」(加嶋氏) 。

360度VRでは視野の自由度が大きく、主役がセリフを話しているというようなストーリーが展開しているシーンでも、見る向きによってはそれが視野に入らないことある。作品によっては、あらかじめそれを前提にした演出もあるが、カットで別の映像に切り替える場合、カットで場面が変わることで状況がわからなくなるおそれもある。

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180VRの特性を生かし、主人公の演技を見られる客観映像もバランス良く入っている

180VRの場合、ほぼ全域が常に視野にはいっているので状況を見失いにくい。そのため、360度VRほど見失うことをおそれずにカット編集ができる。「VR勇者さくら」でも、視点を変えることで、さくらの主観映像を見られると同時に、さくらの殺陣や振り付けの切れ味の良さを見ることもできる。180VRならではのカット編集の生かし方といえるだろう。

■工夫を凝らしたワークフロー

撮影期間は3日。使用したカメラは、Googleが提唱する180VRに対応した「Z CAM K1Pro」だ。4/3型Sony EXMOR CMOSイメージセンサーを採用しており、180度・3D立体視の撮影に特化している。高解像度のカメラを複数台リグで組んだシステムと比べ、小型で軽量、取り回しが良い上、従来のVR専用カメラよりセンサーサイズが大きいのが特徴だが、レンズの交換ができないため、遠近感の強調という点ではカメラを前後に動かすことで表現したという。

「Z CAM K1Pro」は、左右の映像をそれぞれ2枚のSDカードに記録する。カメラ自体にモニタがないため、撮影現場でのライブビューやプレイバックは、iPadProをLAN経由でカメラに接続して行った。iPad内のZ CAM VRアプリでライブビュー画面を表示させ、撮影しながら同時に画面を動画キャプチャしておき、プレイバックでは、動画キャプチャを再生しながらカットの確認を行った。

ステッチングにはMISTIKA VRを使用している。「通常、H.264、H265しか出力しないが、MISTIKA VRはProResの出力ができるため重宝した」という。

また3D立体視の編集にはPremiere Pro、コンポジットにはAfter Effectsを用いている。

音声はステレオ同時収録している。VRや立体映像の場合、臨場感を出すための音声規格がいくつかあるが「今回はコストと制作期間を考慮して、あえてステレオで収録することにした」(加嶋氏)という。

■本物のピザを立体視撮影

VFXもふんだんに用いられており、3D立体視を活かした映像も試みている。エピソード2で、敵がピザ配達員に化けてさくらの家に入り込んだシーンでは、部屋の奥にいる敵が画面手前にいるさくらに向けて次々と投げるピザが弧を描いて飛んでくる。”飛び道具”として投げたピザは、ステレオカメラで撮影した実物のピザの映像を合成したものだ。

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本物のピザが飛ぶ感じを出すためにグリーンバックで本物のピザを撮影

「ピザの本物っぽさと、飛んで弧を描くときの感じをリアルに出したかった」(加嶋氏)というこだわりから、CGやキャプチャーの静止画でなく、実際のピザをVR180で撮影・合成している。

グリーンバックのスタジオで、固定したピザへ向け、カメラを近づけながら撮影したものを合成している。「撮影時に、カメラの動きをカーブさせることで、ピザが弧を描くように飛ぶ感じを出すように注意した」(加嶋氏)という。カメラをジンバルのRonin Mに載せ、手持ちで移動させており、スムーズな弧を描くことに成功している。

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敵が次々と投げてくるピザをみごとにかわすさくら

■VR酔いを抑える「コックピット効果」

3D立体視による主観映像のアクションシーンの中で、剣による激しい戦いのシーンがあるが、ここではHUD(ヘッド・アップ・ディスプレー)のような枠がCGで表示される。これは、主人公のさくらが装着しているゴーグルから映し出されているという設定によるものだ。

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コックピット効果をねらったHUD的フレーム

HUD越しに繰り広げられる激しい戦いは、SF的なイメージを盛り上げているが、同時にこの枠はVR酔いを防ぐといわれる「コックピット効果」を生み出すために重要な役割をしている。VRでは、激しい動きや自分とカメラの動きのズレを感じたときなどに、乗り物酔いのような感覚になる「VR酔い」が発生することがある。コックピット効果とは、画像の中にフレームをつけることで、人間は、乗り物に乗っているというような錯覚に陥り、VR酔いになる確率が下がる効果があるというものだ。

 

■VR180の制作で新たな発見も

プロジェクトを終えて、無事に公開を開始した3人に今回のプロジェクトに参加した感想を聞いた。

制作協力で参加した山後氏は「VRは、まだ発展途上という印象。今後ブレイクするまでには、デバイスの小型・軽量化や、通信技術など視聴の新たなしくみが必要になるかもしれない。映像作品としてのおもしろさを堪能できるようになるまでには、もう少し時間がかかると感じた」と話す。

VRアドバイザーとして参加した広瀬氏は「ドラマの制作に携わってみて、CM制作とはまた違うおもしろさ、テンポの良さを体験できた。VRは、映像・音声がより高精細になることで臨場感を伝える新しいメディアになりうると期待している」という。

加嶋氏は最後に「今回は、やりたかった事、やりたかった人とコラボレーションする機会を得ることができた。VR180という最新のフォーマットに挑戦できて新しい発見もあった。今後は、更に脚本スキルを磨いてVR作品、通常映像による短編作品など引き続き挑戦したい。次回作も構想中であり、ぜひ期待して欲しい」と述べ、次回作への意欲を示した。

作品は現在公開中。最終話の公開は4月25日だ。

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「VR勇者さくら」のキャストと制作スタッフ