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木村大作インタビュー vol.2

- 2018 年12月1日から本格4K 放送開始!「 八甲田山」4Kデジタルリマスター版に見る 4Kコンテンツのあり方 -

「天は我々を見放した」「八甲田で見たことは、一切喋ってはならぬ…」というセリフが公開当時、流行語になるほどのヒットとなった映画「八甲田山」(77年 製作:橋本プロダクション、東宝映画、シナノ企画、配給:東宝、監督:森谷司郎、撮影:木村大作)。
1902年(明治35年)、青森の5連隊が雪中行軍の演習中に遭難し、210名中199名が死亡したという実際の遭難事件を題材にした小説「八甲田山 死の彷徨」(新田次郎)を原作に製作された超大作だ。公開当時は600万人が劇場に足を運び、興業収入は当時最高の50億円を記録。「八甲田山」は、その後長らく日本映画の興行成績トップの座に君臨した。このたび、同作品の撮影を務めた木村大作氏の監修により、4Kデジタルリマスター版が完成した。2018年12月から始まる新4K衛星放送で放映される。また今後の劇場公開や4Kブルーレイディスクなどにもこのリマスター版が用いられると言う。

高倉健、北大路欣也、三國連太郎、緒形拳、栗原小巻、加賀まりこといった錚々たるスター俳優をはじめ、200人を超える俳優が出演している。放送に先立って9月4日、TOHOシネマズ日比谷で開催した特別上映会で挨拶に立った木村氏は「ネガからデジタルへ1コマずつ綺麗にしたことで、俳優一人ひとりの表情が鮮明になり、新しい「八甲田山」が生まれた」と述べている。

撮影は、実際の八甲田山で3年(2回の冬期撮影)にわたって行われ、日本の映画史上、最も過酷なロケといわれる厳しい環境下で撮影されたという。猛吹雪の悪天候のもと、限られた照明機材で撮影したフィルム原版からスキャニング、そしてPablo(Rio)によるカラーコレクション修正など、半年以上をかけた4Kデジタルリマスター作業により、上映時にも再現できなかった細かい補正を実現。木村氏をして「ある意味、40何年かかってようやく完成した」と言わしめている。
すでに10年ほど前から、自ら「八甲田山」の4Kデジタルリマスター化を訴えてきた木村氏。「『八甲田山』に参加していなかったら、今の自分はない」と言い切る木村氏に、「八甲田山」への思いと、このたびのデジタルリマスター化の作業についての感想を、前号の「散り椿」に引き続き、木村大作氏へのインタビューとしてお届けする。

人生を変えた映画

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「八甲田山」に参加していなかったら、今の自分はなかった。そして「八甲田山」で高倉健さんに出会ってなければ、今の自分はない。そういうことではこの映画は俺の人生そのものなんだよね。 撮影助手として映画の原点を見たのは黒澤組で、キャメラマンとしてのキャリアの原点が「八甲田山」だ。これが終わった直後から「復活の日」(80年 製作:角川春樹事務所、配給:東宝、深作欣二監督)とか、声がかかってくるようになった。 その後「劔岳 点の記」(09年 製作:東映・フジテレビジョン、配給:東映)で初監督をやったわけ。それでまた、そこから人生が大きく変わっていくんだけど、その原点はやっぱり「八甲田山」。あれがなかったら、「剱岳 点の記」を撮ろうっていう考えは起きなかったね。

映画「八甲田山」への大抜擢

当時僕が35歳から38歳まで、八甲田に3年間ロケで通ったけど、35歳であれだけの大作を担当するのは当時は異例だった。昭和30年ごろというのは、各映画会社がスタッフを抱えていて、東宝でも撮影助手が60人いた時代でね。照明助手も150人くらいはいた。キャメラマンも相当数いたよ。だからキャメラマンとして一本立ちするのは、だいたい40歳過ぎになってから、という時代ですよ。それを33歳で一本になるなんてことは、超抜擢ですよ。
「野獣狩り」(73年 製作:東宝、須川栄三監督)で一本になったとき、ゴダールの「勝手にしやがれ」(59年、ジャン・リュック・ゴダール監督)の真似して、オール手持ちで撮影したけど、日本映画で、ましてや東宝でそんなことやるのはいなかったから目立ったね。そういう中で「八甲田山」がきた。体力勝負の撮影でもあるという理由もあったと思うけど、森谷司郎監督と、橋本忍さんが選んでくれた。その結果【撮影・木村大作】の一枚タイトルじゃないですか。日本のメジャー映画では歴史上、撮影が一枚タイトルで出てくるのは、あれが最初なんだ。今や監督もやっているわけだから、キャメラマンも入れて一枚だよ(笑)。2人には感謝しているけど、その歴史をつくったのは、結構大変なことだと思うよ。

監督との信頼関係

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(森谷司郎監督について)今までであんな男っぽい監督はいなかったよ。八甲田山の現場でも、よくけんかもしたよ。俺より8つ年上なんだけど、平気で「てめえ、このやろう」ってね。俺も「うるせえばかやろう」とかって、ほんとにやってた(笑)。でも、次の日「大作、今日はどうやっていくんだよ」とか言ってね、けろっとしてた。俺も「いやあ、今日はこういう風に」ってね。俺の言うことはなんでも聞いてくれた。 そういう人だったんだだよ。やっぱり森谷さんはすごい人だったんだよな。
撮り方だって、望遠、ロングからばーっと歩いてきて、通り過ぎるぐらい回しているわけ。緒形拳も三國連太郎もさ。ロングのときにはわからないけど、歩いてくりゃあ、どんどん通り過ぎていく。そういう撮り方だからあとは編集で考えようと、現場でいちいちこうしよう、ああしようなんて指示はなかったね。

これまでで最も厳しい撮影

俺も映画生活長いけど、あれ以上の厳しい、きつい仕事はなかった。 「八甲田山」は原作に「雪の中で泳ぐ」という表現があるんだけど、最初、どういうことかなと思ったら、八甲田山に行ってるときに、いくら歩いても新雪が崩れて進まないんだ。だから、腹ばいになって泳いでいたよ。青森の雪は特殊でベタベタでひっつく。北海道のはサラサラだけど、あれは東北特有の雪の状態だね。青森、秋田は新雪の後は泳がないと前へ進めない。それぐらい過酷だったんだ。酸ヶ湯は温泉はすごかったけど、部屋に暖房なんか入ってなくて、食べ物も出てくるものは菜っ葉ばかりの精進料理だよ。俺も3年間で10kg痩せて、ガリガリになってたよ(笑)。そんな状況で、吹雪の中の撮影中に十和田湖の中に胸の辺りまで入ってね。なんで、そんなバカバカしいことやるかっていうと、寒さと疲労で役者が動かなくなっちゃったんだよ。「はい、向こう行ってください」って言っても誰も動かないんだよ。「これはえらいことになった」って思ったよ。
なんか、このままじゃみんな動かねえなぁと思ったから、凍りつく十和田湖に入っていったんだよ。もうそのときはマイナス17度ぐらいで風は18mぐらい吹いてた。だから、体感温度はマイナス35度くらいだよ。そうやってぐわあーって入ってさ、「キャメラここー」って言ったわけ。そしたら撮影陣はみんな俺が気が狂ったって思ったよね。スタッフの中には、あそこにしかキャメラポジションがないから入ってったと思ってるやついたけど、実はパフォーマンスだったんだよ。実際は岸辺でも充分だった。でも、それじゃみんな動かなかったんだから(笑)

俳優との距離

俺も、あそこまでいってないと撮れなかったと思うよ。寒さと疲労。雪の中、弘前31連帯の高倉健たちをどう映すか。吹雪だって、あれは全部本物だからね。天候を待って撮ってるわけですよ。待ち時間は、もう、みんなイライラしているよ。だから辛いよね。吹雪いてこないと撮れないんだもん。また吹雪いたら吹雪いたで、その中を歩くんだから。「青森5連隊」を撮るときは、現実にその事件が起きた明治の年より凄かったらしいよ。
最初は俺も「なにが高倉健だ」なんて思ってたから、俺もだまってたし、健さんも俺のことあまりよく思ってなかったらしいんだけど、撮影が進むにつれてだんだん距離が近くなってきた。現場の俺の姿見てるとさ、パフォーマンスだったけど湖の中まで入っちゃうとか、あそこまでできないよっていうようなことやるわけでしょ。そういうことで、距離が近くなっていったね。映画で一番難しいのは、やっぱりね、役者とスタッフの人心を自分の思うとおりに動かすっていうのが一番難しいんだよ。それさえスムーズに行ってりゃ、そんな苦労するということないんだよ。

装備も機材も限定

あの時代はまだ、みんなお金もなくてダウンなど買えなかった。俺はビニールのカッパだったよ。それにビニールのズボン。あと撮影はロング(望遠)が多いから、役者からキャメラの位置がわかんないので、上から下まで真っ赤にしてた。ときには戦国武者みたいに、竹竿に赤い旗をつけて背中にしょってたんだから。これがキャメラだってことを俳優に教えるためにね。雪の中でキャメラなんてまったく見えなかった。そういうことまで神経つかってやってたんだよ。
しかも現場はジェネレーターがあって、しっかりライティングできるっていう状態じゃないわけだよ、あんな山の中で夜間ロケも1kwのシネキンのバッテリー3発だよ。一人にあてるのが精一杯。それであれだけの人数、処理してんだもんな。 当時は重さ5kwのジェネレーターはあったけど、自分が歩くだけで精一杯なのにあの雪の中にそんなもの持って行けないだろ?だからもうドキュメントだよ。ドキュメントで撮るんだっていう意識で撮ってたんだよ。
あの当時で総制作費3億円なんだよ。青森5連隊と弘前31連隊を交互に2冬かけて撮ったから、都合3年かかるわけ。それだけで人件費の問題もあるじゃないですか。で、最初に弘前31連隊をロケーションしたときは、映画のスタッフは11人。それで次の年に青森5連隊をやったんだが、こちらは210人も出てて、それでも映画のスタッフは25人。で、字樽部の青年団を5人、荷物運びに雇っただけだった。

黒澤組の影響

東京のセットは10キロぐらいのライトつけて、セットの部分は全部パンフォーカスしているよ。それはやっぱり、黒澤さんの流れだよな。黒澤組っていったら、オールパンフォーカスだからね。出てる人物に、全部ピントがあってるよ。セットでASA100のやつだからそれでF16までいかなきゃあわないみたいなシーンがあるんだもんね。
黒澤さんは、ものすごく映像を大切にする人でね。 技術的なことは、相当研究してたね。映像がどうしたらそうなるかってことを若いころから研究してたんだよね。昔から望遠が好きだったんだけど。極端に望遠になったのは「用心棒」(61年東宝、黒澤明監督)から。そこには俺がピントマンでついていたからね。800mmで人の寄りを撮るようようになっちゃったんだよ。
(黒澤さんは)なにも言ってないけど、後で考えると、あの空気感だろう。要するに望遠の、あの空気感が、たまらなく好きなんじゃないかな。ワイドって、スッキリとはするけど、なんか調子が違うよね。同じサイズだったら、望遠のほうがなんか空気があるっていう感じがものすごいするじゃない。あの空気感だと思うよ。そのこだわりは絵には出ますからね。それでしょっちゅうキャメラも覗くわけだよね。
そのころ、東宝は技術研究所を持っていて、社内で200mmのマスターレンズを作ったんですよ。今あるアンジェニューのズームが250mmじゃないですか。それに一番寄ったようなサイズだよね。それをよく「俺のレンズもってこい」って言ってたよ。そうすると、200mmをつけるんだ。「ああ、これだ」ってさ。そんなことを覚えてるな。

4Kで蘇る「八甲田山」

自分ではデジタルキャメラは使わないけど、デジタルにしていろんなことやってるよ。あんまり声を大にして言ってないけどね。「八甲田山」は突然、何の連絡もなくDVDが発売になった。なにを元にして入れ込んだのか、いまだにわからない。ものによって、DVD、BD化するときに修正しなきゃいけないわけだよ。連絡してくれれば、俺が立ち会うんだから。これまで俺が撮った作品で俺が意図しないモノが出てるのは「八甲田山」だけだったんだ。それで、10年前から4Kデジタルリマスタリングをやらせてくれと東宝に申し入れていた。今回、日本映画専門チャンネルを運営する日本映画放送が主導で、橋本プロダクション、東宝、シナノ企画の協力のもとでようやく実現したんですよ。
スキャンニングもパラ消し入れたら合計半年くらい掛かっている。フィルムが劣化すると白いパラパラが出るようになる。それと編集の時にネガを切るんで、 画面の中にムラが出てくる。そういうものを全部、キレイにしていった。パラ消しだけで1カ月半かかっているからね。スキャニングでも1カ月かかっている。俺がPabloに入ったのは3週間。そこで一コマ一コマ直しているんだよ。くくりをつくって(セカンダリ処理)、暗い顔を見えるくらい出すとか、そういうことは4Kリマスターのおかげで出来ている。40年経っているから、ネガも褪色していたけどそれも全部修正したよ。
フィルムプリントの状態のときは、画面全体をカラコレしているし、濃度も決めている。そのとき雪が飛ばないようにおさえて絞りを決めてる。主役と一人二人はなんとなくライトがあたっていたけど、あとの役者にはライトが当たってない。だから出ていた人も、ずいぶん顔出てないなという印象があったね。それを4Kデジタルリマスターでは、Pabloで一人一人の顔を調整して、ちょっとでもライトが当たっていれば見えるようにしてるよ。
「八甲田山」こそ、4Kにした価値がある、と言っている人がいるね。今まで4K、4Kって言って、4Kに変えたやつを色々と見てるけど、別に何も変わってねえんじゃねえかなって思っているところもあるからな。「八甲田山」は確実に変わったと。単に移行しているだけじゃないんだよ。ある意味で作り替えてる。40何年かかって、ある意味、ようやく完成したっていう、そういう感じを受けてるわけ。本来やりたかったことをこの4Kリマスター版「八甲田山」で全部完成したっていう感じがあるね。

日本映画の情緒とスクリーンの関係

それと、映写スクリーン。映画「アバター」(09年)で、ジェームズ・キャメロンが3Dを持ってきて、そのときに3Dでないとやらせないというのが条件だったんだよ。それで、全部メイン劇場をシルバースクリーンにしちゃった。反射率が高くて指向性があるから、センターの近いところで観れば光量があるけど、左右の脇に座るとガクンと光量も落ちるんだよ。俺はそれで、今、シルバースクリーンでやるのを拒否しているからね。

今、映画館も配給会社もメーターを持つようになったけど、その前までは興業会社メーター持ってなかった。俺が借りたメーターで全国回ったんだから。今夏の「散り椿」では、47都道府県の劇場を全部調べて、シルバースクリーンがメインのところは、小さいホワイトスクリーンのところを2つ同時に開けさせているよ。興業はできればでかいところでやりたいんだけど、そこがシルバーだと、そこではやらないでくれと申し入れた。

日本映画で一番適しているのはホワイトスクリーンなんですよ。。今は映画館に映写技師がいないから、調節もなにもしないんだよ。3Dやったあとで、邦画かけてみなさいよ、みんな絵が飛んでるよ。日本映画は14ランバート(=48カンデラ)まで。邦画はそれ以上だったら、もう飛んでるのと同じだと。パールだったら13ランバートぐらいですよ。反射率がいいからね。そこで俺が言っているのは「情緒」。日本映画って「情緒」を重視しているものが多いわけだよ。自分もそういうものにこだわっているから、どうしてもそうなるよね。
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スカパー!で2018年12月開局
日本映画+時代劇4K (880ch)
2018年12月2日(日)よる9時 から「八甲田山」を世界初4K放送!
*特別上映会トークイベントの模様もあわせて放送
日本映画専門チャンネルでは12月2日(日)よる9時~ 2Kダウンコンバートで同時放送

公式サイトはこちら

『八甲田山』シネマ・コンサート開催
日  時:2019年1月14日(月・祝)
開  場:15:00
開  演:16:00
会  場:東京・NHKホール
演  奏:東京交響楽団
上映作品:『八甲田山』 (1977年公開)
上演時間:2時間49分 途中休憩:20分あり

公式サイトはこちら