JP EN

「汚名」ストーリーボードの正確性

- ヒッチコックのピュアシネマ 10(最終回) -

横山智佐子 / 映画編集者 

UP

ハリウッドの映画制作の過程で、撮影前に各シーンのショットを想定、計画して描かれるストーリーボードは、なくてはならない存在だ。しかし確実にどういうショットになるかは撮影の様々な要素で変化するので、実際には全く同じにならないのが通常だ。今もハリウッドのアカデミーライブラリーに保管されているヒッチコックのストーリーボードは、撮影されたショットに対してかなり確実である事で知られている。「映画は撮影前にすでに紙の上でできあがっているべきだ」とヒッチコックは言う。そんな彼の作品だからこそ、ストーリーボード上のプランは、正確性を極めている。今回紹介する「汚名」は、ヒッチコック作品の中でも、撮影前の狙いがもっとも確実にショットに現れているとされる作品だ。

第二次世界大戦終結直後のアメリカ。戦犯として有罪となったナチススパイの娘アリシアに、FBIエージェントのデヴリンが接触する。南米に逃げたナチ党員を探るため、アリシアを米国のスパイとして雇用しようというのが目的だ。父親の不名誉から被った汚名を返上するためスパイとなる事を承諾したアリシアは、デヴリンと共にリオデジャネイロにやってくる。そして政府からの任務を待つ間に、二入は恋に落ちる。間もなく届いた彼女の任務は、父親の過去の友人、そしてその昔アリシアに片思いをしていたアレックス・セバスチャンを誘惑し、彼とその仲間たちが何を目論んでいるのかを探るというものだった。しぶしぶ任務を承諾したアリシアだが、今もアリシアを思うセバスチャンと彼女は急速に仲を深め、間もなくセバスチャンはアリシアに求婚する。

issue011_column02_thumbnail

緻密にプランされたカメラワーク

1946年に公開となったこの映画は、46歳のヒッチコックが映画監督として成熟に達っしたことを記す作品だとされている。スパイ映画に典型的なサスペンスをプラスして、この作品では登場人物の心情が巧みに描かれ、作品に深みを加えている。主演のケリー・グラントとイングリッド・バーグマンの演技が光る作品だが、それ以上に緻密にプランされたカメラワークの秀悦さが目を引く。中でも有名なのが、セバスチャン邸で開かれたパーティーでのオープニングショットだ。

天井の高い入口のホールで、最初ハイアングルワイドショットが、2階のバルコニーからパーティー全貌を写しだしている。カメラは徐々に下降し、並んで立つセバスチャンとアリシアに近づき、さらに寄って、アリシアの手に握られる鍵をクローズアップする。セバスチャンの秘密を探るため、アリシアが彼から盗んだワインセラーへの鍵だ。近年CGで作られたり、リモートでカメラを動かして撮影されたりするこの手の移動ショットを、アクション映画などでよく目にするが、「汚名」が撮影された1945年当時、カメラは大掛かりな木の枠で作られた移動機材に乗せられて撮影が行われた。

ヒッチコックは当時からこの様な大胆かつドラマチックな映像を好んで使っていた。「映画は日常に起こる出来事から、変凡で面白くない部分を取り除いたものだ」と言うヒッチコック。このショットによってパーティー会場の様々な人々が取り除かれ、その中からアリシアに焦点があてられ、さらに彼女の手の中の鍵がクローズアップされる。一見平和なパーティー会場の中で、多くの人の生死に関わるドラマが起こっている。ヒッチコックはこのショットを使って、彼の主張を見事に表現している。

次に注目を集めるのは、2分半に渡るキスシーンだ。当時のセンサーシップは、映画での3秒以上のキスを禁止していた。ヒッチコックはこれに対抗し、アリシアとデヴリンがたわいもない話をしながら3秒以下の短いキスを繰り返すシーンを生み出した。お互いに魅せられた二人がほとんど顔を接触したまま、何度もキスを繰り返す。バルコニーから部屋の中に移動し、電話のメッセージを聞く二人を、カメラはクローズアップのまま追い、カットなしのワンショットで撮影している。二人の親密性を赤裸々に捉えたこのショットは、ヒッチコックの作品の中で、最も強く男女の関係を描いたものだと評価されている。

マクガフィン効果と映画の焦点

かつてヒッチコックをインタビューし、その著書が有名となった映画監督フランソワ・トリュフォーは、「汚名」はヒッチコックの意図が最も正確にスクリーン上に表現された作品だと言っている。そしてそれはまるで漫画で描かれた様に完璧であると彼は言う。この作品で、ストーリーボードに描かれた絵がそのまま映像となっているということを裏付ける様な見解だ。

さて映画手法の一つにマクガフィン効果というものがある。昔からある手法をヒッチコックが様々なインタビューでその効果を語り、有名となったものだ。マクガフィン効果とは映画のプロットとして登場する、不可欠だがあまり重要でない物語要素のことを言う。例えば「汚名」では、デヴリンがアリシアに近づいた理由は、米政府が元ナチス要員たちが何を企んでいるかを探るためであり、彼らは原子爆弾の要素であるウランを密輸している。この事実を探るために様々なドラマが展開するが、重要なのはこのドラマでありウランの存在はあまり重要ではない。ここではウランが、マクガフィン効果となっている。

フランソワ・トリュフォー監督は、「汚名はスパイ映画の形をとったモラルジレンマの映画」だと言う。国への忠誠心を取るか、恋人への愛を取るか。映画の中でアリシアとデヴリンは常に苦悩を繰り返す。ここでのサスペンスは元ナチス党員の目論見を阻止してアリシアを救うことができるか否かというより、最終的に彼女とデヴリンが愛を貫くことができるかどうかにある。スパイサスペンスというストーリーラインはマクガフィン効果であり、映画が焦点を当てているのはキャラクターの人間性と心情だ。数々のヒッチコック作品が単なる娯楽映画に終わらない理由が、ここにある。

スピルバーグ監督も言っている様に、近年の映画で見られる目をみはるショットや編集は、ほとんど白黒映画の時代に誰かがやっている。ヒッチコックはそんな偉大な先駆者の一人だ。彼の映画は様々な映画制作者に感銘と影響を与えてきた。そんな彼の作品を一人でも多くの方に知ってもらいたいと思い、このコラムを書いてきたが、今回の最終回までに紹介できたのは、結局ほんの一部分だけだったと思い残すことも多い。このコラムを愛読してくださった方々が今後もヒッチコック映画を見て、映画制作の技量を学び続けていただけることを願うのみである。