JP EN

個性と天職の親愛なる関係

issue010_column02_body000

おかげさまでHOTSHOTも創刊10号を迎えた。これも多くのご支援とご協力、そして愛読者の皆さまのおかげである。そして多くの才能を持つこの業界の方々に支えられてきたことは言うまでもない。この場を借りて改めてお礼と感謝を申し上げたい。

取材や懇親会で業界の方々に話を伺う度に思うのは、彼らがいまは成功しているが、その職種を最初から望んでいたわけではなく、背景には他人とは違う、その道に入る要因となるような、ある種の特殊性や秀でた能力があるということだ。例えばカメラマンは鋭い観察力や予測能力を、編集者は膨大な情報の掌握力と優れたバランス感覚だ。しかし優秀であるほどその反面、驚くようなマイナス要素も持ち合わせていて、何かの一般能力が欠落している人も多く、誤解を恐れずに言うならばある種の「発達障害」なのではないか?と思う人も多い(失礼)。しかし彼らはいま「天職」として素晴らしい映像を作っているわけだ。最近「個性」と「天職」、この2つの言葉について深く考えさせられた。

かく言う私も多少その傾向があるのかもしれない。自身の履歴を振り返ると、もう約25年もの間、この業界で記事やレポートを書いてきたが、ここで告白すると私自身これまでの人生で物書きや編集者になりたいと思ったことは、ただの一度もない。今も自分から何かを書いて表現したい!という欲求は、基本的には無い。「いまさら何を言ってるんだ!」と叱られて当然だ。そしてさらに「へんてこりん」な話をすると、今ではこの仕事を自分の「天職」だと思っている(笑)。

なんだそれは?と思うかもしれないが、それは私が書いた文章が、自分の意に反してというか自分の想像を超えて、多くの方に共感して頂き、面白い、わかりやすい、これは為になるといった言葉を多く頂けるようになったからである。私は元々何かを俯瞰して分析することが好きで、それがバックボーンとなって映像業界について無知がゆえの多面的調査や観察によって、映像の世界を知らない人でも「誰もが共感できる視点を見つけ出す」からではないか?と自己分析している。

その起因は、Windows 95が発売された95年ごろ、某出版社からパソコンを知らない人が理解できる、いわゆるハウツー本というのを書いて欲しいという依頼が来たことだ。私は文系出身で技術的知識は皆無だったが、このパソコンに無知なことが逆に幸いする。つまり私自身がわかるように書けば誰でもわかるだろうという発想のもと、様々な比喩を用いたりして誰もが分かりやすいハウツー本を完成させた。まだインターネット普及前の時代、本が発売になると某有名書店の専門書分野で8週間連続第一位になった。そこを発端にその仕事は映像業界へとフィールドを変え、このHOTSHOTにも活かされ、さらに私自身もその技術(?)に生かされている。そしてこういう事を「天職」というのではないか?と思い始めたわけである。その反面、私も例に漏れず、ここには書くことが出来ないような恥ずかしい欠点も合わせ持つ人間だ。

「発達障害」という言葉は、ネガティブに捉えれば一般人より何か常識的能力が劣っている疾患のことだが、個人差はあれどそれを「個性」と捉えている国も今は少なくない。特に芸術で歴史に名を残してきた人たちは、その多くが何らかの「発達障害」だったという史実もある。だから自分を少し「へんてこりん」だと思っている人は、自信を持ってそのまま創作に励んで欲しい。それは昔から個性であり特殊能力であり、そしていつの時代にもその特異性こそが新しい創造物を作ってきたのだから。