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カールツァイス -オーバーコッヘン本社 探訪- 02

HOTSHOT 編集部

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カールツァイスAG

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ツァイスのオーバーコッヘン本社には、カメラレンズの設計・開発・製造はもちろん、世界各国からの修理依頼を受け付けるカスタマーサポートセンター、マーケティング、営業など、すべてのセクションが集中している。残念ながら機密上、その製造現場をここで詳しく紹介することはできないが、製品の精度にこだわったものづくり体制は、日本のそれと非常に近い。例えば製造工程の各セクションのデスクや棚などの什器は、その作業内容に最適化したものを社内で内製するなど、製品精度を上げるための徹底した体制がそこにあった。

*カスタマーサポートセンター、レンズメンテナンストレーニング等については、issue 02以降で紹介予定

ツァイス光学博物館

本社正面玄関を入ったすぐ脇には、ツァイス光学博物館の入り口がある。一般客も無料で入場出来るこの博物館は、カールツァイスの歴史=レンズ光学の歴史にかかわる様々な光学製品が展示されており、単にカールツァイス社のみの歴史にとどまらず、世界の光学技術の歴史を見ることが出来る。

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Carl Zeiss AG / Mr. Dietmar Mondon

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1971年に創設125年を記念して設立されたこの博物館は近年改装され、約1000平米の広さに世界有数のコレクションが飾られている。なかにはナポレオンの望遠鏡など、カールツァイス財団がコレクターに声をかけて譲り受けたような貴重なコレションもあり、必見である。
展示エリアは同社最初の光学製品である顕微鏡から始まり、これまでのカールツァイス社の歴史=光学製品製造の歴史が語られる。カメラとレンズ、眼鏡・眼科機器、顕微鏡、医療、計測機器、光リソグラフ、双眼鏡、プラネタリウムなど、同社が手がける光学製品を10のカテゴリーに分けて展示。その中でもカメラとレンズに関しては大きくスペースを設けられており、ARRI社との協業製品であるMaster Primeレンズで受賞したアカデミー賞のオスカーを始め、1969年7月にアポロ11号での初の月面着陸時の撮影に用いられた、HASSELBLAD 500EL + Carl Zeiss Distagon 60mm F5.6スペースカメラのレプリカなど、カメラファンの心の琴線に触れる展示も数多い。またレンズの仕組みや光学理論を学べるように、マクロレンズとズームレンズの仕組みや色相(RGB)を体感できる仕掛けや、世界最小のプラネタリウムなどの体験コーナーもあり、半日過ごしても見飽きない内容だ。(平日10:00~17:00)

*ツァイス光学博物館

世界最高の標準レンズ Otus 1.4/55

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ラテン語で梟(フクロウ)を意味するOtus。2014年に登場したこのレンズは、カールツァイスのこれまでの歴史の集大成ともいえる、性能面で一切の妥協を許さない世界最高水準のカメラレンズである。ディスタゴン設計の10群12枚のレンズ構成から得られる画像は、絞り開放からレンズ周辺まで画像の劣化はほぼ皆無で、まさに同社の光学理論の結晶といえる製品だろう。このレンズの鏡筒に刻印された文字のフォントや色は、同社の高級シネマレンズ群Master Primeと同じスタイルが採用されており、最高水準レンズのプライドが外観にも表された芸術品だ。

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Carl Zeiss AG, Laboratory/Application Technology, Camera Lens Division / Dr. Stefan Ballmann

実は今回の取材では、訪問前から大きな期待をしていたことが、残念ながら実現出来なかった。それはこのレンズの設計者で実質的な生みの親でもあり、同社が誇る現代カメラレンズのマイスターといわれたDr. Hubert Nasseとの面会。しかし大変残念なことに、我々がオーバーコッヘンを訪れる1ヶ月ほど前に急逝されてしまった。

*ツァイスには、ナッセ博士本人が「Otus」レンズの魅力について語る映像が残されている
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我々は取材の中で、ナッセ博士が画質評価に使用していた研究室を訪れた。そこには上記のビデオでも紹介されていた、レンズテスト用に様々な物体を配したナッセ博士考案のテストチャートなど、興味深いものがそのまま残されており、現在もプロトタイプレンズのテストに使用されているという。ここから彼の後を次ぐ者が、またレンズの歴史の扉を開くことになるだろう。