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特集:映画の力 大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」

石川 幸宏 / Yukihiro ISHIKAWA 〈 HOTSHOT 〉

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©️2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

映画とは、人を楽しませるエンターテインメントであるとともに、これまでも、社会の歪みの観察や指摘、政治批判、様々な脅威への警鐘、そして未来への新たな提言を含むことで、意味のあるメッセージを伝える文化ツールとして存在してきた。
そしていままた、世界は新たな畏怖に包まれている。
自国第一主義の台頭、テロリズムの世界的蔓延と格差社会の助長、また環境破壊とともに世界規模で拡大する自然災害。
平穏な人間生活を蝕む要因が膨らむとともに、映画にも明るい未来を指し示す、意味のある共時性(シンクロニシティ)を持つ新たなメッセージ力のある作品が必要とされる時代に突入した。
現に多くの国際映画祭でも、こうしたテーマにフォーカスした作品が選ばれることが多く、その傾向は強まっている。
混沌の時代を抜け出すための、新たなメッセージを伝えるストーリーがまさにいま求められている。 一方で映像技術におけるデジタルテクノロジーは、映画の表現において、現在かつてないほど浸透し、進化しており、それを最大限に活用した、現代ならではの表現による映画作品も誕生している。
その変革は大作の劇場用映画だけではなく、身近な映像作品でも起きている。
特にドキュメンタリーにおいては最新技術を用いて新しい表現が生まれていたり、インディペンデント作品においてもまた同じだ。
いま新しい「映画のチカラ」が問われている時代なのだ。 いつの時代にも映画人にも「最新の手法でこれまでにないストーリーをどう紡ぎだすのか?」というテーマがある。
この特集では、日本のインディペンデント映画の牽引者、大林宣彦監督や、最新テクノロジーを使って、100年前のフィルムを最新ドキュメンタリー映画として甦らせたピーター・ジャクソン監督など作品から、今の「映画のチカラ」を垣間見てみよう。
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「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」映画サイト
https://umibenoeigakan.jp

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©2020 e-motion photographers

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「海辺の映画館─キネマの玉手箱」
INTERVIEW 三本木 久城 / Hisaki SANBONGI 〈 撮影・編集 〉

三本木久城 /Hisaki SANBONGI  Profile 1970年生まれ。
大林宣彦監督作品では、デジタル撮影/編集になった「この空の花 長岡花火物語」(2012年)から大林組に参加、その後「野のなななのか」(2014年)、「花筐/HANAGATA MI」(2017年・JSC三浦賞受賞)で全て撮影、編集を担当。

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©️2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

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映画とは「嘘から出た誠」 「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」とは? 179分の超大作で大林宣彦監督の頭の中の玉手箱を全てひっくり返したような映画です。
正確なカット数は数えていませんが、映画のカット数を数えて回る稀有な人がTwitterで本作のカット数をツイートしていました。それによると、4,619カットだったそうです。前回の「花筐/HANAGATAMI」が3,774カットだったそうなので、今回は約1000カットも増えてました(笑)。

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EOS C700/C300 MarkⅡ

今回の撮影カメラは、Canon EOS C700とC300 MarkⅡでした。
ロケ撮影は2018年の夏で、約50日間でした。
EOS C700をメインのAカメラで引きアングルを撮り、EOS C300 MarkIIはBカメラで、主にアップショットです。
ともにメーカー推奨のLUTによるCanon Log3で収録しました。
CINEMA EOSは映像がかなりクリアで、カメラ設定は至ってノーマルですが、ライティングは原色系フィルターを使用するなど色々と工夫しています。
時代劇の合戦シーンは暗部が締まった硬めの、着色モノクローム、主人公の希子は淡い青みがかった着色モノクローム、色街のシーンは原色を鮮やかに、ミュージカルシーンは華やかにしましたが、こうした色彩効果は編集時に作ったものです。
大林監督の場合、モノクロ想定がカラーになったり、真逆の色調になったり、後処理でどう転ぶかわからない。
あとで編集で困らないように、撮影ではとにかくラチチュードと色が「収まっている」ことを目指しました。
このあたりは、周到に準備をしてカメラの設定を追い込み、オリジナルのLUTを作って撮影に挑むというような、今は誰でもやっている一般な映画撮影からやや逸脱した方法論かも知れません。夕陽をモチーフにアンバー系のライティングで撮ったシーンがあったのですが、編集時に突然監督から「ここは月夜のブルー調で」と言われた時は、心の中で180度のけぞりました(笑)。
これはさすがに想定外でしたが、結果として面白い色調に仕上がったと思っています。

大林流映画編集

大林監督は全て編集にもご自身が立ち会って、細かく指示しながら作っていく方で、しかも一切手を抜きません。
冒頭のタイトルのフォントデザインから細かく指示が入ります。
通常のように編集マンが先に素材を脚本通り並べる粗編といった、オフライン作業は無く、頭から完璧にカット編集を決めて進みます。
大林監督の編集でポストプロダクションを借りることはある意味予算的時間的にも不可能なので、事務所に編集システム(NLE)があり、1から横について編集していくスタイルです。
もちろん僕がNLEのオペレーションはやりますが、全ての素材を見て、一コマも無駄にせず組み立てて行きます。
1日に台本3ページ分進む事もあれば、半ページの日もあります。
ちょっと細かい編集になったり、試行錯誤したり、ざっくりでも合成を当ててみたりすると、捗らなくなります。頭の中にはもちろん撮影時から明確なイメージがあるはずですが、それとはまるで違う編集になる事も多々あります。
編集時にもっと良いシーンになるアイデアが閃くのでしょうか?そうなると迷いなく方向転換します。編集室では、その日に編集するシーンの素材をまず全部見て、それらをどう<料理>するかを決めます。その決断に迷うことはありません。
撮影時の狙いと、編集室での閃きとが、監督の頭の中で合体する瞬間です。
大林組の編集作業は通常の数倍疲れますが、最後にはまるではじめから完璧に狙って作ったかのようなシーンが出来上がります。それには僕も毎度、驚かされますね。
こんな感じで大林監督は編集で映画を創っていくスタイルなので、最終的にどのようなシーンになるのかは最後まで監督以外誰にも分からないのです。

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Final Cut Pro7を使用した理由

僕がFinal Cut ProをVer.1の頃から使っていて、手足のように扱えるという事情もありますが、Final Cut Pro7(FCP7)は他のNLEでは出来ないほどの直感的な操作が可能です。
NLEのGUIとしては最も優れていると思うのですが、残念ながら現在ではディスコンになってしまいましたね。
複雑に入り組んだカッティング、合成のやりくりと細かい音の構築で、映像もオーディオもレイヤー(トラック)が積み上がっていき、最終的には何十トラックにもなります。FCP7では、それでも動作が安定しています。これを他のNLEでサクサクと直感的に、監督を待たせる事なく進めようとしても難しいと思います。

カットバックの多用

カットバックの多用は、ここ数作品、特にフルデジタル制作の「この空の花 長岡花火物語」(2012年)からは顕著だと思います。
観る者の脳が追いつかないような細かいカッティングと、あっちへ行ったりこっちへ戻ったり、台本上は別だったシーンを編集で合体させたりと、色々やっています。

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©️2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

CG合成の演出

わざとらしい合成やVFXも大林監督の演出指示で、あれも全て監督の狙いです。
監督は昔から、映画とは「嘘から出た誠」というのを口癖のようにおっしゃっていて、合成もいかにも合成したようなカットにすることで、ファンタジーな作品としても違和感なくストーリーに没入できます。

上下移動のトランジション

映画全体にトランジションに上下のシーンチェンジを行なっているのは、確か編集中に大林監督と会話したおぼろげな記憶なのですが、監督の頭の中には映画フィルムが常に縦方向に走っているからだったと思います。
ムビオラという編集機も、映写機も縦にフィルムを走らせます。それをモチーフとした場面転換として、本作では縦方向のスライドワイプ、押し出しワイプが多用されました。
編集初期は横方向トランジションもありましたが、最終的に全て縦方向に統一しました。

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印象的なカット

原爆投下時に主人公、希子が格子の部屋に座っているカットが印象的ですが、あれは尾道の倉庫セットで撮影しました。
現場はとても暑かったです。中原中也の「六月の雨」が朗読されますが、これは大林監督が1960年代に制作した自主映画「いつか見たドラキュラ」でも使われています。
そういう意味ではこのカットは監督にとって原点回帰とも取れるイメージシーンかもしれません。

オリジナルサウンドトラック

音楽はかなり前の作品から、山下康介さんが担当しています。すべてオリジナルで、全編にわたって音楽が途切れないのは監督のこだわりです。
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長い脚本(ストーリー全体)の理解

作品の全体像を把握したのは、完成時です(笑)。
クランクイン時は決まっていないことが多すぎて、「あとは現場で撮りながら考えよう、何かいいアイデアが出てくるだろう」と監督はいつもの楽観主義でニコニコしていました。
もちろん台本は出来ていたし、世界観は共有できていた、と思います。
完成した映画はもちろん大筋では変わっていません。
その日その時の撮影シーンを、解らないながらも「何だかわからないけど面白くなりそう」と、監督の迷いのない指示でスタッフ・俳優が仕事を進め、こなす毎日でした。
撮影期間50日、編集に丸1年。
そして、いつもの事ですが、スタッフ・俳優の想像をはるかに超えたものが完成した、と後になって驚かされます。