JP EN

18年前のDVカメラ、パナソニック AG-DVX100で撮る ─ 短編映画の回想シーンに使用 ─

古屋 幸一 / Koichi FURUYA 〈 Cameraman 〉

UP

issue014_feature03_body001
『ふたり』

あの人と一緒にいると安心する。一緒にいるとうれしい。
でもどこかさみしい。あの人が私に向けて笑うとき、それが優しければやさしいほど、途方もなく突き放された気持ちになるのだ。
一人きりで引き受けなければいけない、人間のさみしさ。孤独?そう、それはおそらく。ふたりでいるときにこそ感じる、浮き彫りになる、私だけの孤独。
出演:メイリン、兎丸愛美、山下翔平、もくれん 他
監督:根岸里紗
2019年/日本/カラー/DCP/(49分)

予告編

2019年に制作した短編映画「ふたり」(根岸里紗監督)の回想シーンで、久しぶりにパナソニックの名機DVX100を使用した。
映画としては、現在から始まり、過去を回想しながら時間が戻ったりしながら、少しづつ現在も進んでいくという構成でした。
なかでも面白かったのが、脚本上、その回想シーンに「巻き戻し」映像の流れるイメージがあり、四角いブロックの巻き戻しのアナログ映像が流れる映像浮かびました。
また、本編はRED EPIC-Wの4K ProRes収録で解像度が高いため、そことしっかり区別するために、解像度を抑えた映像を撮ることを目的に、MINI DVフォーマットのカメラを使おうという決断をしました。
もともと、8ミリ、16ミリなどの小型フィルムカメラやMINI DVやビデオ8などの”オールド”アナログビデオカメラを面白がって日頃から遊んでいたので、MINI DVといってもビクターやソニーの家庭用ハンディカムから名機ソニーVX-2000なども選択肢としてはありましたが、24Pとシネマライクガンマが特徴の、パナソニックAG-DVX100を選択しました。
とくにDVXの最初期型の100は、センサーサイズが4:3比率というのも魅力の一つです。
本編部分はシネマスコープ比率で横長の1:2.4の比率です。
そこにDVX100の4:3比率を左右に黒を入れた形ではめ込みます。
DVX100での撮影部分はすべて、右手のひらにカメラをベルトで引っ掛けるようにした手持ち撮影。そのグリップ感の良さに驚きます。
手に対して前後に伸びるレンズとバッテリーがちょうど良い長さ、重さ、バランスで、バリアングルのLCDもとても撮影しやすく、ここ数年、機動力重視の撮影の際に使ってきた一眼ムービーに比べても、大分撮りやすい印象です。
マイクもしっかり良い位置に固定されており撮影の邪魔になりません。
本作では三脚に据えて撮るというよりも、家族スナップ映像のような距離感、手持ちでさっと電源を入れ、録画スタート。
気軽にさっと撮影ができる感じが、作品の狙いたい気持ちの揺らぎや過去の映像の懐かしさのようなものも出せたかなと思います。テープ特有の巻き戻しの四角いブロックのイメージも良かったです。
また、振り返って思い起こした時に、無意識にMINI DVカメラのテープの再生、録画の駆動音や巻き戻しのテープの「音」がこれらのカメラと連想されて印象に残っていたので、MA(音響)の方にその音を録音したものを、「使えたら使ってください」と提出したのですが、いい具合に使って貰えました。
映像の取り込みの手順ですが、カメラアウトのRCA端子(黄赤白ケーブル)をHDMIにアップコンバート変換する小型の装置をamazonで購入し、そのHDMIをATOMOS SHOGUNにインプットしてProRes収録しました。巻き戻し映像については、カメラ本体で巻き戻しているもののアウトを同じ方法で収録しています。

issue014_feature03_body005
AG-DVX100の思い出

AG-DVX100は、映像制作とは関係ない一般会社員員だった際に、2002年の発売当時手に入れて趣味で生活の身の回りを写真のスナップ撮影のように切り取り、Adobe Premiereで編集して、当時聞いていた好きな音楽をつけて、自分の心象アルバムのようなミュージックビデオを作って遊んでいました。
シネマライクガンマの発色、24Pプログレッシブの映画的コマの動きは本当に衝撃で、自分で映像を撮ることの楽しみを実感と楽しみ、少しの自信を与えてくれました。
それから上京し、現在につながる撮影助手のときに、このカメラで自主映画を何本か撮りました。そのうち、時代ともにDVX100は少し物足りないカメラになり、使わなくなり手放すことになります。
それから10年ぐらい経って、すっかりDVX100から離れた時間を経て、ここ数年前から、ふと「DVX100の映像って、やっぱり良かったよね」と回想するようになりました。DVX100の映像が、かつての8ミリフィルムのホームムービーのように、過去を連想させるイメージとして「使えるな」と思い始めました。
それまではどちらかというと8ミリフィルムにその機能を委ねていたように思います。
昨今のカメラは本当に性能がよく、解像度は高いし、感度も高く、誰でもとても綺麗な映像が取れると思います。また、映像はかつてないほどに、身の回りに溢れ、スマートフォンがあれば、だれでもカメラマンです。
ここ数年マーケットを席巻した一眼レフのカメラのセンサーはCMOSセンサーが主流で、手持ちで動画撮影をした場合には、どうしても、現実にはない、電気的に歪んだ映像が撮れてしまうことがあるのですが、それに違和感を覚える者としては、CCDセンサーのブレのない映像の安心感もありました。ただし、すこし横道に逸れますが、そのローリングシャッター感自体も、もしかしたら10年後とかには、2000年代初頭の映像の記憶として今の時代を思い出せさるものではないかとも思います。
また、今は24P撮影はスマートフォンですらできるように身近ですが、ビデオカメラで24P撮影ができたのは高価なVARICAMか、このAG-DVX100ぐらいだったと思います。これは印象でしかないのですが、DVX100が搭載する24Pがなんとも、気持ちがよく、スペック上の24P以上の何かを感じるのは自分では説明することができません。テープ上のアナログ記録が原因なのか、技術的なことはうまく説明できないのですが、このカメラの24Pの違和感のようなものがいまでも新鮮に映ります。これは本当に主観ですが、昨今のビデオの24Pはどこか、自然すぎるように見えます。

issue014_feature03_body002
フィルムライクガンマ

AG-DVX100の映像の優しさはどの当時どのカメラにも搭載されていなかった「フィルムのような質感」の実現、を目指したフィルムライクガンマによるものです。
友人の赤ちゃんを撮った映像や風に揺れる小麦畑を撮った映像がありますが、発色の優しさと24Pののんびり感がなんともいえない映像として残っています。
そのパナソニックの映像魂といえるフィルムライクガンマは今でもパナソニックの強みとして残っていると思います。
AG-DVX100以来、パナソニックのカメラはAG-HVX200、AG-HMX155、AJ-HPX3000といった型番のカメラをずっと愛用させてもらいました。

issue014_feature03_body006

issue14_feature03_007
本編は、RED EPIC -W 4Kで撮影(アスペクト比は1:2.4)

記録と記憶:映像のちから

映像を考えるとき、今、鮮明さ、解像度、発色などのスペックは行き着くところまでいったという印象をうけるときもあります。自分が、学生時代に写真部に所属していて、モノクロ写真を必死にとっていた時からの思いなのですが、「映像のちから」を考えるとき、おおきく「二つのちから」があると思います。
一つは目の前で起こっている/起こしていることを収めるという「記録のちから」の部分です。その部分は、よりダイナミックレンジが広く、階調豊かで、コントロール可能か解像度、発色などのスペックがもとめられ、昨今のビデオカメラのスペック/性能は低価格でも相当なものだと思います。映画なら、撮影場所や役者の演技をある世界観に収めるのに、CMなら商品や企業のイメージをより良いものに定着させるために、ミュージックビデオなら音楽の世界を映像の世界と昇華させるためにその性能は欠かせません。
そして、もう一つは、これは一つ目の表裏一体なものですが、「記憶のちから」の部分であり、スペックだけでない、ときにはスペックと逆行する逆行です。AG-DVX100は当時は「記録」部分のカメラとして付き合っていましたが、10数年を経て今や「記憶」のカメラとして蘇ってきていると思います。映画やある物語、感情を映像で現そうとするとき、見た人がその映像を見てどういう感情を湧き起こすか、湧き起こして欲しいかというとき、単にカメラのスペックだけでなく、「これまでの人生で積み重ねてきた映像視聴体験」をどう活かすかという映像制作者としての狙いを考える時、MINI DVの映像記憶:DVX100の映像記憶をあえて使うという手法は、これからも大事な手法の一つとしてあり続けると思いました。
issue014_feature03_body003
issue014_feature03_body004