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映画「轢き逃げ -最高の最悪な日-」× Dolby Cinema

- 水谷豊監督インタビュー/ドルビーシネマ in ハリウッド -


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映像業界でHDR映像が話題になってから数年が経つ。しかし毎日目にする映像ではそれを体験することはいまだに難しい。しかし今、そこに一つの回答が見えてきた。米ドルビーラボラトリーズ社が展開する新しいシアターシステム、ドルビーシネマがそれだ。
最近のハリウッドのメジャー作品にもドルビーシネマ対応作品が急速に増え、今年のアカデミー受賞作品もほとんどがドルビーシネマ版を制作している。
そしてこの5月、いよいよ日本映画の世界にもドルビーシネマが登場する。日本を代表する名優 水谷豊が、監督・脚本を務める監督2作目「轢き逃げ-最高の最悪な日-」では、邦画初のドルビーシネマ版が制作された。
まだ日本国内には2スクリーン(T・ジョイ博多、MOVIXさいたま)しかないドルビーシネマだが、観た人からの反響も大きいようで、年内にはさらに2スクリーンの設置が予定。映画界でもその期待値が上がっている。
いま世界の映画業界、映画制作者たちが注目するドルビーシネマとは何か? そして制作者は何に魅了されているのか?
現状、サウンド部分のドルビーアトモスの編集調整は日本国内でも可能だが、ムービーのHDR映像部分であるドルビービジョンの調整やマスタリングの専用施設は国内にはない。そこでHOTSHOTでは、今作品の日本映画初となるドルビーシネマのHDRマスタリング作業を米ハリウッドで密着取材。映画「轢き逃げ-最高の最悪な日-」の水谷豊監督インタビューとともに、HDR映像と最新のサウンドシステム、そして映画鑑賞に最適化されたインテリアで構成されるドルビーシネマの魅力を探る。
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©2019映画「轢き逃げ」製作委員会

5月10日全国公開
「轢き逃げ -最高の最悪な日-」
水谷豊監督 第2作&初脚本作品

出演:中山麻聖、石田法嗣、小林涼子、毎熊克哉、水谷豊、壇ふみ、岸部一徳
監督・脚本:水谷豊
撮影監督:会田正裕 J.S.C.
音楽:佐藤準
テーマソング:手嶌葵「こころをこめて」
(ビクターエンターテインメント)
配給:東映

「轢き逃げ -最高の最悪な日-」
公式サイトはこちら

「轢き逃げ -最高の最悪な日-」水谷豊 監督インタビュー

 

issue011_feature01_body008監督作品として前作と今作の違いは?

監督1作目の「TAP -THE LAST SHOW-」は最後に24分間のショーがあって、そこへ向かっていく話だった。そこへ行くまでの群像劇だったので、それぞれを描かねばならなかったが、今度は最初に轢き逃げが起きて、そこから各々の人間がどうなっていくのか?という人を描かねばならない。そういう意味では、人間を色々と描いた作品になったと思います。

映画で表現したいことは?

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やはり人ですかね。よく「あの頃は社会が良くなかった」とか「時代がね…」などと言いますが、それも結局全て人が作っているもので、人を抜きにしてそこだけを語ることはできない。やはり人を描いていくことが、社会を映すだろうし、時代を作っていくことになると思うんです。ですから、やはり人に焦点を当てたものになっていきますね。

監督と脚本というお仕事の関係性

(脚本を)書いているときっていうのは、やはり絵が出てきたりするんですね。人の動きももちろん出てきて、キャラクターが何をしゃべるのかというのが出てきて、頭の中で絵も描いていくんです。そしてそれを文字で書くと、もの凄い量になる。映像ではあっという間のことかもしれないけれど、文字ではものすごく多くなっていくんです。で、これが監督になると、その(場面の)テーマは同じだとして角度が自然にまた変わるんですね。それが面白いですね。

水谷さん追加03台本のト書き(状況説明)が他の映画監督と違い、人物のバックグラウンドまで指示?

issue011_feature01_body005やはり元が役者ですから、その台本を読むときに何故という理由があって、そのセリフを言えるわけですよね。ふと思うと、それをそこに書き込んでいるのかもしれません。それは役者にとっては、とても演技の助けになると思います。しかし監督になって現場に入ると、それを表現するのに、こっちの絵のほうがいいなとか、他のことも入ってくるんですね。台本には書いてあるけど、実際に現場を見ると、これは動きが全く違うなとか、そういうようなことが起き始めます。今このセリフを言っているけど、これは今は言わない方がいいかな、とか。

監督と役者で大きく違ったこと

スタッフ全員とイメージの共有をしていく打合せがあるところは、まず、役者にはないですよね。さらにもっと綿密に撮影監督と全体のイメージのアイデア出しをしますし、これも役者にはないことです。で、つくづく感じるんですが監督というのは、「イメージと方向性」を創らなければいけない。それを監督である僕がやりますが、実際にそれを創るのは、スタッフたちじゃないですか。そうすると、イメージがどうなっていくのかっていうことがものすごく大事になるわけです。

そして最終的に僕が発注して出来てきたものに、ものすごく感動することがあるんですね。僕のイメージをはるかに超えていくことが起きる。これは大きな発見でした。だから僕の中では(制作中は)感動していることが結構多かったんじゃないかと思いますね。そして準備が如何に大切かというのがよく分かります。役者は準備が終わった後に現場入りしますから。まあ確かに、役者の仕事も一日見ていると、監督の立場から見ても、なかなか大変な仕事だと思うんですけど。監督やってみて、一番、自分にとって良かったなと思うのは、「越権行為がどこにもない」ということです。(映画制作には)それぞれのパートがあって、他には口を出せない、そこから先は言ってはいけない、ということがありますから。だけど監督は、どこに関しても越権行為はない。それは僕にとっては良かったです。

サスペンスという部分で「相棒」からインスピレーションを得た?

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「いや、まったくないですね。今まで自分が経験したこととか、そのことが自分にとっては色々な元になっているんでしょうけど、そこでなにか価値観みたいなことが出来ていって、それにしばられていると、その中でしか出来なくなってしまう。まずは、そのことから一切を解放するという気持ちにまずなって脚本を書きました。自分とは思えない、誰かの立場になってものごとを考えたりするようなところからはじまっています。(過去の作品の影響は)自分の中から自然に出てくるということはあると思うんですが、意識して何かをしたということはなかった。

クライマックスの乱闘シーンについて

あれはナイトシーンな暗くなってから撮ったんですが、その前に撮影監督の会田さんと、二人で細かい打ち合わせをしていたんですね。イメージを共有して僕もカット割りを話をしていたんだと思うんですけど、説明が終わったときに僕はそれが10数カットだと思ったんです。それを会田さんがカットにしていったら、最終的に70数カットあるって(笑)。そこでスタッフに「おい、これ今日一日でやるんだけど、どうするんだ」って、言ったっていう(笑)。でも僕はそのころ、全然そんなことに気が付きもしなかった。会田さんが「時速4カットでいく」と!それでも7-8時間かかってしまい順調にいっても次の日の昼になってしまう状態だったんです。でもそんな中でやっていて、あとはどう、それを時間内に収めるか、カットかけて「会ちゃんOKならOK」というのが口癖みたいでしたね(笑)そこからは、もう、僕の仕事というよりは、撮影監督、そしてスタッフの仕事になっていく。でも朝までに終わりましたからね。朝までかかりましたけれども凄かったです。

暗闇での小型カメラ(EVA1)での撮影

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僕、元々アクションは好きなんです。自分でやってていうのもなんですが、(映像見て)びっくりしましたね。ああいう中でも、ものすごく激しい動きをしながら、微妙な明かりが、当たったり、当たらなかったりという、ものすごく繊細な明かりを作ってくれた。それが見事に絵の中に出ている。あれはやっぱり素晴らしいなと思いますね。迫力のある、ちょっと怖いシーンでもあるし。僕は、ああいうものを考えているときっていうのは、動きと動きをどうするかということはありますけど、あとはもう(現場に)まかせてしまえば、大丈夫というような思いもあったんだと思います。で、出来上がったら、やっぱり驚きますね。リアルな感じがありました。

ドルビーシネマ版を見たときの感想は?

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2時間ほどの映画ですが、その間、ずっとそこに浸れたなと、そこに居たなという感じがしました。普段映画を見ているときは、もう少し離れて客観的に思ったり。客観的に見ているなという感じがどこかにあるんですが、それが(ドルビーシネマだと)そこにいたな、という感じでしたね。もっともこれは2つを並べて(普通上映版とドルビーシネマ版の)比べないとわからないことではありますが。HDRの映像については、僕はそもそも撮影監督の会田さんに、以前見せてもらったときから始まっているんですけれども、なにか、自分がそこにいるみたいな感覚、錯覚を起こさせてくれる映像と音というのは、やっぱり、映画を2時間見たときに、その世界にいられることの、ワクワク感みたいなものが増すんじゃないかなと。そしてこれがいずれ映画の世界として当たり前になっていったら凄いなと思いました。ドキュメンタリー的なシーンのほうが(ドルビーシネマは)活きるかも知れないですね。あからさまに違う世界なんだというのがないだけに、おそらく見てる映画が、気が付いたらなにか、そういう気持ちにさせられているというような効果ですね。

ドルビーアトモスで再現されるリアルな環境音

作品の世界にもよると思うんですけど。ある意味、映画としては音楽を楽しみにしている人には、ちょっと物足りないかもしれません、だけど今回はリアルな生活から始まっているので、それぞれの生活というものがあったので、あまりそれを音楽で引っ張るとか、音楽によってそういう気分にさせていくとかいうことは、あまりしたくなかった。それよりも、生活音とか、そっちのほうがまずは大切だと。もちろん、映画ですからここ一番、欲しい音楽というのはイメージとしてはありますから、そこは音楽を作ってもらいました。(ドルビーアトモスだと)本当にここで生活しているとそういう聞こえ方をするんだろうなと。

ドルビーシネマにおける黒の表現

これは会田さんが言ったんですけど、映画を見てて、目を閉じた状態にさせられるのは初めてだと。そういう感覚になると。普通は大体はどこかに明かりが付いてますから、それを見ているわけですよね。だけど、全部が暗くなると、自分が目を閉じたのと同じ状態になる。だから、映画によっては、自分が目を閉じたのと同じ状態になる、その感覚は初めてだと。なにか、目を閉じても、自分の内側、目を開けても自分の内側みたいに、そんな感覚を味わえるかも知れない。僕も、見ていてどんどん入っていけるという、あれほど感覚のは初めてでした。

最近のカメラの写り方というのは、昔と変わったと思われることは?

最初の頃はフィルムで、それと比べたらものすごく変わったと思いますが、性能がよくなって絵もきれいになってきた。その中で、見えすぎるところもどう対処するとか、作り事でないようにリアルに見せるという研究もされてきているんですね。そういう中で、今を見ていると、何か本当につくりごとではない世界を描けるようになったなと思います。逆に言えば、昔は(映像は)別世界のものを見ているという感覚がありましたよね。その中で、自分の感情を置き換えてみるということだったのが、今は、本当にその情景の中に自分がいて、そこにいるような感覚まで起こせるようになっているということを改めて感じます。それを今度はどう利用したらいいのかという感性や世界になっていくんでしょうね。

失敗したら自分のもの、成功したらみんなのもの

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監督をやって気付いたことなんですが、監督はやはり最後に名前が出るわけで責任があるんだなというところ、それはわかるんですけれど、どう責任があるんだろうという。監督をやって分かったことは、その、スタッフ全員とまず、イメージの共有をするとか、話し合いをして、どっちにいこうかという方向性はやはり監督がみんなに言うんですね。方向性をつくるのは監督の仕事。そうして全員がそこに向かって行くわけです。で、もし方向性が間違っていたら、方向性を決めたこっちの責任に間違いなくなるんですね。ところが、それが上手くいって良い作品になった。上手くいったっていう中に色んな成功がありますね。客が入る入らないを別にして、作品というのは、自分たちにとっての成功というのがあります。で、そうなった場合に(監督としての)僕は方向性を話すだけで、やるのはスタッフ全員ですからね。あらゆるテクニックや感性もあるし、技術を駆使してそこに向かうというのを見ていて、やっぱりやっているのはみんななんだなと思うんですよ。そうすると成功はやった側のものですよ。そこに関しては。やった人が成功した喜びを感じて、自分たちがやったっていうことになるでしょう。失敗したら間違いなく、ああ、監督の責任なんだなと。でも、成功したらみんながやった、って。みんなでやった、って、言えるものになる。それを目指して、みんなのものになるためにやるっていう。まあ、できれば方向性も合っていて欲しいなと思いますが(笑)