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「マーニー」絶妙の間

- ヒッチコックのピュアシネマ 08 -

横山智佐子 / 映画編集者

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ヒッチコック作品が最盛期を迎えていたのは1950年代で、1960年代には彼の制作技術は最高潮に到達している。今回紹介する作品「マーニー」はちょうどその頃、1964年に公開されていて、彼の卓越した手法が様々なところで目にされる。映画編集をする時に重要となるものに、ショットの長さ、シーンの長さがあるが、これらにはセリフとセリフのあいだの「間」、シーンとシーンのあいだの「間」が含まれる。この「間」は、画面上の動きやセリフの流れ、更には登場人物の心理によって作用されるが、優れた編集はこの「間」の使い方が秀でている。しかしヒッチコックはこの「間」を編集の力を借りずにやってみせている。映画「マーニー」は、ヒッチコックの見事な「間」の取り方光る作品だ。

編集に頼らない「間」の演出

盗癖を持つマーニーは身分を偽り盗みを繰り返しては、住居を転々としていた。新しく訪れた街で出版社に面接にやってくるが、実はその出版社のオーナー、マークは彼女が以前の職場で金を持ち逃げしたことを知っていた。彼女の美しさとその奇妙な行動に興味を抱いたマークは、マーニーを雇うように出版社の社長を説得する。その後二入の仲が徐々に深まるにつれ、マークはマーニーが何かに強い恐怖心を抱いていることを知る。一方マーニーはマークの彼女への思いが強まることに気付くが、実は彼女は男性不信症だった。自分の美貌を使い利用するためだけに今まで男性を騙してきたのだが、マークもその中の一人に過ぎなかった。そろそろ引き際だと感じたマーニーは、当初から狙っていた金庫から現金を盗み出すことを決行する。
この作品はレイプシーンや性的内容のため、公開当時から賛否両論を受けてきた。しかし映画技術的に優れていることは明らかで、中でもひときわ目を引くのが、マーニーが会社の金庫から現金を盗み取るこのシーンだ。就業時間が終了し従業員達が次々と席を立ち出口へ向かう中、マーニーはオフィスからトイレへと進む。カメラは彼女の背中を追い、表情は見せない。しかしあたりをこっそりと伺う頭の動きはしっかりと捉えられていて、表情が見えない分彼女の行動が秘密めいて見える。化粧直しをしている女性達の横を素通りし、マーニーはトイレの一室へと入る。ドアの後ろに立って外の様子を伺う彼女を、上から漏れたかすかな光が照らしだす。彼女の動きは最小限で、この時観客の注意も音だけに集中する。やがて外の音が静まり、一度は外に出ようとするマーニーだが、かすかな人声が聞こえまた元の位置に戻る。そしていよいよ全く音が聞こえなくなった後、マーニーはゆっくりと外に出る。
マーニーがトイレのドアの後ろに立つ約50秒の間、ヒッチコックは彼女のミディアムショットだけをカットなしで使っている。スクリーン上の50秒はかなり長い。更に画面上でほとんど動きがないとなると、もっと長く感じるのが普通だ。ところがこのシーンではその長さを全く感じさせない。マーニーがこれから何かを起こそうとしているということを察して、観客のスリル感がすでに高まっているからだ。一方実際の時間だと考えると50秒は非常に短い。オフィスの従業員がすべて立ち去るには短かすぎる時間だ。これを観客に納得させる「間」が、見事にこのショットに使われている。こういった観客の心理的「間」は通常編集によって作られるが、ここではカットは一度も入らない。撮影している時にヒッチコックがこの「絶妙の間」を完璧に把握していたからこそ、撮ることのできたショットだ。

スリリングな50秒のワンショット

トイレから出てオフィスに誰もいないことを確認すると、マーニーは隠していた空のカバンを取り出し、鍵で引き出しを開けると金庫の暗証番号を確認する。そして金庫の部屋に入るのだが、ここでドアを閉める前に、少しためらいを見せる。何かを思った彼女は、オフィスのドアを閉めずに開けたまま中に入る。急に誰かが入ってくるのを事前に察知するためか、外の音がよく聞こえるようにするためか、または見つかった時に言い訳がしやすいからか。理由はなんであれ、ここで彼女がドアを開けたまま盗みに取り掛かることが肯定される。ヒッチコックの繊細な演出がここでも光る。続くワイドショットでは、マーニーのいる金庫の部屋とオフィス全体が同時に映し出される。右手奥には開けられたドアを通して、金庫を開けるマーニーが見えているが、しばらくすると左手奥から床掃除を行う女性があらわれる。観客のスリル感が一気に高まる瞬間だ。
ヒッチコックはこのワイドショットをまたも、約50秒カットなしで使っている。床掃除に勤しむ女性が徐々にマーニーのいるオフィスへと近づいてくる一方、その掃除婦には気付いていないマーニーが現金を素早くカバンに詰めて出口へと急ぐ。サスペンスを高める一方、マーニーの一連の行動をカットなしで見せる、適度な「間」の50秒だ。更にこのワイドショットが効果的な理由が他にもある。サスペンスを高めるには、二つの出来事を同時に進行させること。そして主人公が近づく危険に気付いていないことを観客に見せること。ヒッチコックが数々の作品の中で、何度も見せてきたサスペンスの鉄則だ。この二つの鉄則がこのワイドショットの中で同時に、そして効果的に使用されている。
音やセリフの役割が最小限のこれらシーンは、映像だけで観客の心理を操作する。これもまさにピュアシネマと呼ぶべきヒッチコックの職人技だ。「間」を作るという仕事は編集で行われるべきものだ。編集段階ではその調整ができるし、丁度いい「間」を試行錯誤で作り出すことができるのだ。撮影中に1ショットだけでこれを行うにはリスクが多すぎる。ところがヒッチコックはこれを、何度となく繰り返しやってのけている。神業に近い技量だと思わずにはいられない。