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客観的ショット vs 主観的ショット

- ヒッチコックのピュアシネマ 05 -

横山智佐子 / 映画編集者

UP

ヒッチコックの「鳥」

マスターオブミステリーと呼ばれるヒッチコックの映画は、スリルとサスペンス満載の映画がほとんどだ。彼の数々の作品の中には、連続殺人鬼の映画、計画殺人の映画、スパイ映画と主題は様々だが、その中でユニークな存在が「鳥」である。この映画の殺人鬼は人間ではなく鳥だ。動物を相手にどれだけのサスペンスをスクリーン上に作り上げることができるか。新たな挑戦に、ヒッチコックは再びその才能を見せてくれている。映画はサンフランシスコの北に位置する小さな海岸沿いの町が舞台。新聞社を持つ富豪の娘メラニーは、突拍子のない言動のため、知る者も少なくない。サンフランシスコの町でたまたま知り合った弁護士ミッチを追いかけて、彼が週末訪れた彼の故郷、ボデガベイにやって来る。そこで鳥たちの奇妙な行動に遭遇し、やがてその襲撃に巻き込まれていく。ヒッチコックの他の作品に比べ、「鳥」は立ち上がりが非常にゆっくりとしている。「サイコ」のようにスタートから11分で既にサスペンスが起こるのとは違い、前半1時間はメラニーとミッチの関係、そしてミッチの家族の人物描写に焦点を当てている。もちろんこの前半の様々な人物描写が、後半により一層効果を与えてはいるが、サスペンス物語の展開としてはあまり何も起こらない。
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主観的ショットと客観的ショット

約30分後 (00:25)、事件は少しづつ起こり始める。ミッチの家にこっそりと鳥かごを置いてきたメラニーは、ボートに乗って向こう岸に進む。それをミッチは車に乗って追いかける。映画は車をボートから見るメラニーの顔、岸を進む車、車を見るメラニー、車、と何度もクロスカットされる。いかにもこの二人の関係がこの後どうなるのかという思わせぶりな編集だ。メラニーは遂に岸にたどり着くが、そこではミッチがすでに車を降りて待っている。苦笑いする二人。突然、1羽のカモメがメラニーを襲撃する。このシーンではメラニーが何かを見ている彼女の顔のショットと、彼女のPoint of View (目線)のショット、走る車、が交互にカットされる。この様な登場人物の目線のショットは主観的ショット(Subjective Shot)と呼ばれるが、観客を登場人物に感情移入させるため、ヒッチコックが非常によく使うテクニックだ。ここではメラニーのやんちゃで、負けず嫌いな性質とさらにミッチに惹かれている彼女の感情を観客に示唆しながら、迫っている危険を感知していない彼女の心情に観客の心情をシンクさせている。そしてサスペンスとは全く関係ない感情に観客を引っ張っておき、突然鳥の襲撃を見せる。ドキッとする驚きの感情は、スクリーン上のメラニーの感情と一致して、効果的に観客に与えられている。映画が約半分まで来たところで、いよいよアクションが始まる。子供のバースデーパーティーが、鳥に襲撃されるのがこの辺りだ。そしてこの後主観的カットとは反対の客観的ショット(Objective Shot)を用いた印象的なシーンが登場する。街の学校へミッチの妹をメラニーが迎えに行くシーンだ (01:10)。

芸術とは経験するもの

授業が終わるのを外のベンチに腰掛け、タバコを吸いながら待つメラニー。彼女が背を向けている運動場のジャングルジムに1羽のカラスが空から降り立つ。それには気づかないメラニー。するとまた1羽、また1羽とカラスが増えてくる。彼女がカラスには全く気が付かずイライラしながらタバコを吸うショットと、カラスがだんだん増えてくるジャングルジムのショットが交互にクロスカットされる。
最後のメラニーのショットは妙に長い(01:11)。彼女がいつ気がつくのか?ひょっとしてカラスが襲撃を始めるのか?このショットのタイミングが、緊張感を盛り上げている。そして空から舞い降りてくる1羽のカラスにやっと気がつくメラニー。ここまで目線ではなかったショットが、ここから彼女のPOVの主観的ショットに変わる。カラスを目で追う様にカメラがおいかけ、パンダウンすると、運動場にぎっしり集まったカラスが映し出される。この前に見せられたカットよりも、はるかにカラスの数が増えている。そして観客は次にカットされるメラニーのびっくりした表情とシンクして、ぞっとする感情を覚える。
ヒッチコックはこのように客観的ショットを、登場人物が気づいていない出来事を観客に気づかせ、緊張感を盛り上げるという効果としてよく使う。サスペンスを作るには観客に情報をしっかり与えなければならないと言う彼の法則に従ったカットだ。しかし彼の優れたテクニックは主観的カットの使い方にある。主観的ショットの後には必ずそれを見ている人物のリアクションショットが入るが、上記のシーンも最終的にメラニーのPOVとリアクションショットが入り、観客の感情を絶妙なタイミングで操作している。映画の各シーンの究極のゴールは、観客に感情を与えるという事にあるというヒッチコック。彼の主観的ショットの使い方とタイミングが、感情を作り出す効果を最大にしているのだ。
この作品は鳥たちがどうして人間を襲撃するのか、その襲撃にどうやって対処するのかというところには触れていない。そういった物語の詳細ではなく、登場人物の感情を描く事が最も重要だとヒッチコックは言う。「芸術とは経験するもの。(映画が芸術であるためには)フィルムメーキングにおいて感情は最も重要な要素だ。」彼の徹底した映画制作の真髄が「鳥」の中でも光っている。

イラスト:三宅ひさこ