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ポイント・オブ・ビュー編集の威力

- ヒッチコックのピュアシネマ 04 -

横山智佐子 / 映画編集者

UP

斬新なアイディアで観客を煽る

20歳の時にイギリスの映画スタジオでタイトルカードデザイナーとして働き始めたヒッチコックは、5年後同スタジオで映画監督に昇進。その後「下宿人」「殺人」「39夜」「サボタージュ」「バルカン超特急」などのヒット作品を制作。注目を受けて1939年からハリウッドで映画制作をスタートしている。 その後数々のヒット作品を生み出し著名人となるが、マスコミの注目を一番楽しんでいたのは彼自身のようだ。新作を発表するごとに、なにか目新しいこと、誰もやったことの無いことを謳い文句にし、ヒッチコックは常にマスコミの注目を浴びていた。
例えば「汚名」では、米映画協会の観客制限によって禁止されていた3秒以上のキスに対抗し、途中キャラクターにセリフをつぶやかせることで間断させ、一回のキス自体は3秒以下だがトータルのキスシーンとしては異例の2分半という場面を作り上げた。「ロープ」という作品ではカメラストップ/編集のカットを最小限に抑え、全映画を通して終止カメラをストップさせずに作ったように見せると言うチャレンジをしている。残虐性が強すぎるというスタジオの反対を押し切って制作された「サイコ」では、映画の後半のサプライズ効果を壊さないため、映画がスタートした後は観客の入場を禁止するという、これまた異例の公開をやって見せた。
「北北西に進路を取れ」では、誰もいないトウモロコシ畑で無防備な主人公が飛行機に攻撃されるという奇想天外な設定を作り上げ、「白い恐怖」では著名なアーティスト、サルバドール・ダリによる奇抜なセットデザインを使っている。
新作が公開となるたびに、これらの目新しいアイディアは宣伝として使われ、それを楽しみに観客たちは劇場前に長い列を作った。今回紹介する「裏窓」は、ストーリーの全行程にわたってカメラが主人公のアパートの一室から出ないという、これまた誰もやったことの無いことにヒッチコックは挑戦している。その限られた動きと場所の中で巧みに生み出されるサスペンス。「裏窓」もヒッチコックの傑作の一つだと称賛され続けている作品だ。

ポイント・オブ・ビュー編集の名作「裏窓」

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足を骨折し外出を禁止されているカメラマン、ジェフは、ニューヨークのアパートで蒸し暑い夏を送っている。毎日彼を訪れるのは、恋人のリサと看護婦のステラの二人だけ。長期にわたって監禁状態の彼の唯一の暇つぶしは、窓から見える近所のアパートの住民たちの生活を覗き見することだ。ダンサー志願のブロンド美女、売れない作曲家、一人暮らしで寂しそうな年配女性、引っ越してきたばかりの新婚さん等、多種多様な住民が周辺のアパートにひしめいている。そんな中ある夫婦の夫の不審な行動に、ジェフは気がつく。夫婦喧嘩をしていたある夜、その夫はスーツケースを持って何度も外出している。そして翌日から病気で床についていた妻が急にいなくなったのだ。観察を続けるジェフは夫が妻を殺害したのではないかという疑惑を持つ。ジェフの言うことを最初は笑って相手にしなかったリサとステラも、次第に同じ疑いを持つようになる。そしてニューヨーク市の警察官で友人のドイルも、気乗りはしないながら、調査することを承諾する。
内容からも明らかなように、映画はジェフとその他の登場人物の会話、そしてジェフのアパートから見える反対側のアパートの人々の窓越しの様子から構成されている。ポイント・オブ・ビュー編集(人物の何かを見ているショット/その見ているもののショット/人物のリアクションショット)は映画制作の中でも一番効果の強い手法だとヒッチコックが言っている。どうしてそれがそれほど効果のあるものなのかは、これらのショットがどうやって撮影されたかを想像していただければ理解できると思う。

感情コントロールの最強ツール

例えば主人公ジェフが向かい側のアパートの住人が何か不審なことをしているのを発見して、おやっと思う表情をする。このショットを撮影している時、ジェフ(アクターのジェームス・スチュアート)の前にはカメラと照明、撮影クルーの人だかり、そして監督ヒッチコックが彼の演技をじっと見つめている。彼の前にはジェフが見ているはずのものや人は何もないのだ。そこでは監督の指示に従って、驚き、疑い、微笑み、心配、等々の表情をしてみせる。そして全く別の日もしくは別の時間に、今度はそのアクターの存在なしで、アパートの住民のショットが撮影される。
これらのショットは別々に編集室にやってきて、どれをどの組み合わせで繋ぐかはフィルムメーカー次第なのだ。この組み合わせによって、観客がどのような感情を持つかが大きく変わってくる。例えば、ジェフがニヤッと笑っているショットがあるとする。これに口うるさい1階の住民女性が外で日向ぼっこをしながら無造作な格好で昼寝をしているショットを繋げると、この女性のコミカルな存在が観客にも伝わって、笑いをそそらずにはいられない。一方ここに下着姿でストレッチしているブロンド美女を持ってくるとすると、ジェフの微笑みは男性の下心を表した性的欲望に変わる。さらに例えばこれが美味しそうな食事をしているカップルのショットだとする。するとジェフの微笑みは彼の食欲加減を表現したものに変化する。

モノ新しさよりストーリーテリング

このようにポイント・オブ・ビュー編集を用いると、フィルムメーカーは観客の感情を思うようにコントロールできる。ヒッチコックのいう「ピュア・シネマ」(フィルムでしか作れない効果)の最強のツールなのだ。もちろん脚本上、どの場所でどういうリアクションが必要かというのはある程度決まっている。しかし編集中に、ここはもう少し感情を強めたほうがいいのではないかとか、感情を抑えたほうがいいかもという時に、リアクションを脚本の他の場所から持ってくるということは、ハリウッドの編集室ではよく行われる技だ。さらにこういった編集の効果の強さを理解することで、フィルムメーカーとしてはより優れたシーンの撮影方法を計画することができるだろう。
「裏窓」は、映画のほとんどがこの手法で作られている。観客はスクリーン上のジェフやその他の登場人物のリアクションに導かれながら、疑い、驚き、不気味さ等を感じ取っていく。また登場人物が一箇所に固定され、窓から反対側のアパートの様子を見るだけしかできないという状況は、劇場に座ってスクリーンを見ることしかできない観客の状況に重なっている。観客はジェフと同じく、限られた視覚の中で、何が起こっているのかを想像するしかない。場面が一室から出ないというすぐに飽きてしまいそうな設定だが、ヒッチコックはそれを使って、観客のジェフへの感情移入をさらに強めているのだ。
生前より映画制作の「genius 天才」「master 達人」「auteur 映画作家」と呼ばれてきたヒッチコック。惜しくも1980年に80歳で他界している。常に新しいもの、人と違ったものを追っていた彼が、デジタル化が進み映画製作のやり方が刻一刻と変わりつつある現代にいたら、一体どのような奇想天外なことをやってくれたであろうか。それが見られないのは、彼のファンとしては本当に残念な事だ。しかし彼の作品の真の素晴らしさは、モノ新しさにはあらず、ストーリー・テリング(話の伝え方)の卓越性にある。「スクリーン上の全てのものは観客の為に作られているべきだ」とヒッチコックは言う。観客がどのようなリアクションを持つかを秀悦に計算して作られた彼の作品は、今も観客の感情を奏で続ける。彼の作品が今も傑作だと世界中の人々に思われる理由がここにある。

イラスト:三宅ひさこ