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目で語る隠された心情

- ヒッチコックのピュアシネマ 02 -

横山智佐子 / 映画編集者

UP

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恋人との新しい人生を夢見て職場から衝動的に現金を持ち逃げしてしまったマリオンは、長時間ドライブの末カリフォルニア州へとやってくる。そこで最初に彼女が寄ったのは中古車ディーラー。自分の車を下取りにして、新しい車を買いたいとセールスマンに伝える。今日最初の客だと喜ぶセールスマンと共に車を見て回ろうとするとき、マリオンはじっとこちらを見ている警官に気がつく。前のシーンで車を道路脇に止めて仮眠していた時に彼女を起こし、職務質問をした同じ警官だ。焦ったマリオンは、目の前の車を指してすぐに購入の手配をしたいと申し出る。言われた金額に何の迷いもせず、さらに試運転もせずに購入を迫るマリオンを不信に思うセールスマンだが、断る理由もない。手続きをすませオフィスから出てきたところで、警官がパトカーをディーラーに乗り入れてくる。慌てて新しい車に乗り込み去ろうとするマリオンは、古い車から彼女のカバンをおろしてきた修理工に呼び止められる。彼女の慌て方に呆然とする警官とセールスマンを後に、マリオンはカバンを受け取るや否やアクセルを踏んでその場を去る。

映画はビジュアルである

前回に引き続き今回もヒッチコック監督の傑作、サイコの1シーンをモチーフにその映画技法を紹介する。ヒッチコックは映画監督としてのキャリアを無声映画の時代にスタートしている。映画がセリフや音響に頼らず、絵だけで物語を伝えていた頃だ。映画は時代と共に変化を続けているが、一番大きく影響を受けたのが音の登場だ。サイレント映画がトーキーに変わった時、カメラ位置やカメラの動き、役者の演技法などが大きく影響された。技術の進歩と共に音は現在も様々な形で映画制作に影響している。しかし映画の本質的な要素はやはり絵である。ヒッチコック自身「映画はビジュアルである」と言っている。音無しでストーリーをいかに効果的に伝えるか、また登場人物の心情や感情をどうやって絵で伝えるか。これらはサイレント映画で映画制作をマスターしたヒッチコックの得意とするところである。

「サスペンスを最も効果的に与えるには、ストーリーはシンプルでなくてはならない」とヒッチコックは言う。「ストーリーの鍵となるものはクローズアップでしっかりと見せる」というのも彼の言葉だ。大事なのは観客に余計な疑問を持たせないこと。冒頭で紹介したシーンで、マリオンが車を見て回りながらナンバープレートをちらちらと何度も見るカットが入る。彼女の目線/ディーラーのナンバープレート/彼女の目線/自分の車のナンバープレートのカットだ。明らかに違いのわかるよう、カリフォルニア番号とアリゾナ番号をカメラは、ほぼ同じ画角のECU (Extreme Close Up) で捕らえている。これらのカットによって、彼女の目的は明らかだ。カリフォルニア内ではアリゾナ番号が目立ってしまうから、車を変える必要があるのだ。しかしこのカットの意図は、彼女の目論見を明らかにすることだけではない。カットの繰り返しの数やナンバープレートのクローズアップの大きさが、彼女の心情を同時に表現している。なんとか逃げのびたいという願い、捕まるのはないかという不安と恐れ。追われるものの弱みと、追ってくるものの脅威が、編集と画角、さらに音楽によって強調され表現されている。ヒッチコックが言うように、映画は「見えているものを写すのではなく、感情を映し出す」ものなのだ。

「驚き」よりも「予感」

ここでは先ほど紹介したヒッチコックの説明にあるように、台詞はたわいもない会話(中古車を購入する客とセールスマンの会話)である一方、登場人物たちは心の中で別のことを考えている。マリオンはなんとか警察から逃れたいと思い、セールスマンはマリオンが何か問題のある過去を持っているのではないかと疑いを持っている。カメラはこれらの人物の目と表情をしっかりと撮ることで、はっきりとそれを観客に伝えている。映画はビジュアルだと言うヒッチコックの得意とする手法だ。さらに各登場人物の思っていることは、他の登場人物には知られてはならないものだということも、先ほどのヒッチコックのインタビューと同じである。警察を恐れていることがセールスマンに分かれば、状況がますます不利になるため、マリオンはそれを隠そうとしている。各登場人物の心の中を知った観客は、結果として、画面上で展開している物語にますます引き込まれていく。この6分弱のシーンでヒッチコックは、3人の登場人物(マリオン、警察官、セールスマン)の心情と行動を巧みに隠し、そして見せることによって、観客のサスペンスを見事に強めているだ。

何か怖い事や怖い物が登場しびっくりさせられる映画がサスペンスやスリラーだ、と普通の人は考えるだろう。しかしヒッチコックはサスペンス映画には「驚き」よりも「予感」が大事だと言う。「驚きは一瞬だが予感による緊張感はどれだけでも延ばすことが出来る。」と彼は語る。このシーンではマリオンが捕まってしまうかもしれないという恐れの前に、ではどうやって捕まってしまうのかという予感が観客の緊張感の鍵となる。そしてその「どうやって」の可能性は、登場人物の誰が何を知って、何を思っているかによって刻一刻と変化する。警察がやって来て彼女を連行するのか、彼女が警察に分からないようこの場を逃げるのか、それともセールスマンが彼女を捕まえ警察に引き渡してしまうのか。観客はもはや、ただ座ってストーリーを聞いているだけではない。アクティブにストーリーに参加しているのだ。観客を指揮して奏でる。ここでもヒッチコックのテクニックが光っている。
私も様々なサスペンス、スリラー、ホラー映画を見て来たが、一番怖いものは画面に映るグロテスクなシーンや、醜い化け物の映像ではなく、何かとても怖い事がおこるのではないかという「予感」とその怖い事を想像する「観客の想像力」だと言うことを、ヒッチコック作品は教えてくれた。例えば閉まっているドアの向こうから不審な音が聞こえてくるとする。そのドアの向こうでは昔幼い子供が無惨に殺害されたという事実がある。ゆっくりドアに近づくカメラ、ドアに向かって歩く主人公の不安な顔。そして主人公の手がゆっくりとドアのハンドルを握り、ドアがゆっくりと開き始める。このシーンの善し悪しはすでにこの時点で決まっている。観客にどれだけ強くドアの向こうを予感させる事が出来るかが、フィルムメーカーの手腕の見せどころであり、実際にそこに何があるかはあまり重要ではないのだ。

イラスト:三宅ひさこ