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「ロープ」 ロングテイクへの挑戦

- ヒッチコックのピュアシネマ 07 -

横山智佐子 / 映画編集者

UP

ヒッチコック監督が作品の中で、常に人目を引く目新しいことをする、ということは何度かお話ししたと思う。そして彼はそれを売り物に新作映画のプロモーションを展開していた。ハリウッドの映画評価が、残念ながら作品自体のクオリティーの高さだけではなく、興行成績に深くつながっていることを見抜いていたヒッチコックは、プロモーションにも精力的に参加していた。現代ハリウッド映画の宣伝費用は、通常制作費と同じ額を費やすと言われている。つまり製作費70億円の映画には70億円の宣伝費をかけている。映画で儲けを得るには、製作費の2倍以上の興行を挙げなければ、赤字ということだ。1940〜50年代にそこまで宣伝費はかかっていないとは思うが、トレーラーをテレビや映画館で流したり、新聞やビルボードなどの広告、そしてメディアを集めた大々的な製作発表など、ヒッチコック映画のプロモーション戦略は現代の先駆者となっている。今回ご紹介する作品「ロープ」は、1シーン、ほとんどカットと時間の短縮なしのリアルタイムの作品、ということが売り物であったユニークな作品だ。
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10分×10カット

共にハーバード大学を卒業しているブランドンとフィリップは、エリート思考の高い秀才である。哲学者ニーチェの超人理論を信じるあまり、自らをその超人であると称して、それを証明するため完璧殺人を計画する。そして二入はブランドンの住むニューヨークのペントハウスで同級生のデイビッドを絞殺し、部屋の中央にあるチェストの中に死体を隠す。超人としていかに平静を装うことができるかを試すため、殺害直後にはデイビッドの両親とフィアンセを招いてのパーティーが計画されていた。間も無く、パーティーのゲストが次々と到着し始める。そしてそのゲストの中には、二人にニーチェの理論を教えた元大学教授ルパートの姿があった。教え子ブランドンとフィリップとの再会を喜ぶルパートは、しかし二人の挙動が不自然であることに少しづつ気づいていく。

作品は1924年に実際に起きた誘拐殺人事件を本に書かれた、舞台劇に基づいている。オープニングのニューヨークの町並みを除いて、殺人、パーティー、そして映画の結末と、映画は全てペントハウスの中だけで展開する。ヒッチコックはこれを、最小限のカットを用いて撮影することを試みている。当時フィルムで撮影する場合、カメラには1000フィート約11分のフィルムしか装填できなかった。その結果「ロープ」は10分以内の長回しのテイクが10カット用いられていて、最終的に約80分の作品となっている。カットが入るところでは、登場人物の背中や家具などにクローズアップし、カットが入った後にそこからまたワイドショットにカメラを引いていくというテクニックが用いられており、カットが入ったことがわからないように工夫されている。
1カットの中では、カメラヘッドが上下左右に動くパンショット、カメラ全体が前後上下左右に動くドリーショット、カメラのズームを使ってのズームショット等を用いて、ワイド、ミディアム、クローズアップ、エクストリームクローズアップなど画角が巧みに作り上げられている。通常これらのショットは1ショットずつ撮影されるが、全てをワンテイクで行うにはかなり綿密な計画とリハーサルが必要だ。さらに驚くべきことは、この映画が作られたのが1948年であるということだ。
この時代には、現在使われているものの数倍もあるカメラが使われていた。ヘッドを動かしたりズームを変えたりすることを念頭に、カメラはデザインされていなかったし、この巨大なカメラを乗せて動くドリーは、さらに大きく重量のあるものであった。

トリック芸にすぎない、だがしかし!

撮影中セット内の壁、家具やプロップはカメラドリーが通過できるように常に動かされ、カメラが引いてワイドショットになる時には、また元の位置に戻されなくてはならなかった。カメラのストップする場所次第で、家具の大きさ等も変えなければならず、作品中重要なプロップである、死体の入ったチェストもサイズの違うものが2つ使用されている。さらにヒッチコックはこの作品で、サウンドも現場で録音されたものだけを使用するという試みを行っていて、役者たちの立ち位置、声のボリューム、動きなどを緻密にデザインし、撮影と録音を行った。作品の最後に登場するパトカーのサイレンは、撮影中のスタジオに向かって、外の通りを遠くから実際のパトカーを走らせて録音されている。撮影中ドリーの下敷きとなりクルーが足の骨を折るというアクシデントもあったが、1テイクに時間がかかるため撮影は続行され、そのクルーは口を抑えられてスタイジオから運び出されたというエピソードもあるほどだ。

のちにヒッチコック自身、この作品は「トリック芸にすぎない」っと言っている。しかし長回しのテイクの面白さを、この映画で学び取ったフィルムメーカーも少なくないはずだ。オーソン・ウェルズ監督の「黒い罠」、マーティン・スコセッシ監督の「グッドフェラズ」、ロバート・アルトマン監督の「ザ・プレーヤー」等では有名なロングテイクが登場する。最近でもアルフォンソ・キュアロン監督の「ゼロ・グラビティー」やジョー・ライト監督の「つぐない」で、ロングテイクが効果的に使われている。

公開当時「ロープ」は、映画内で使われているトリックが観客にはたいした効果を与えていないという批判を受けている。確かに長いテイクだからそれほど特別な効果が生まれているとは言えないが、かといって作品自体が面白くないということとはお門違いだ。今回久しぶりにこの作品を見て、9回しかないカットがどこで入るかに注意しようとしたが、無理であった。いつの間にか作品に引き込まれ、気がついたら終わりになっていた。面白い映画というものは、映画の尺がどれだけであっても、時間の経過を思わせないものだ。そしてそれを行うには、フィルムメーカーの巧みなストーリーテリングの腕を必要とする。ヒッチコック監督の優れた技量が、ここでも光っている。

イラスト:三宅ひさこ