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「めまい」が後世に与えた撮影技術、ドリー・ズーム・ショット

- ヒッチコックのピュアシネマ 06 -

横山智佐子 / 映画編集者

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アメリカの大学の大半は、映画科や映像に関わる学科が存在する。この手の学科には必ず才能ある映画監督の作品傾向や技法を学ぶ授業があるが、アルフレッド・ヒッチコック監督作品を学ぶ授業は定番と言っていいほど、どの学校でもしばしば見かけるものだ。ヒッチコックといえば、現代も様々なフィルムメーカー達のベスト10、もしくはベスト3の中に入る屈指の監督だ。彼に関する本やドキュメンタリー映画は、アメリカやイギリス以外の様々な国でも、現在も出版、製作され続けている。彼の作品はそれほど、時代を超えたユニバーサルな魅力がある。
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トリュフォーがきっかけ

ヒッチコック作品の優秀さが公に認められた発祥地は、ハリウッドや彼の故郷のイギリスではなく、意外にもフランスであった。そもそも1950年代後半から60年にかけてフランスで起こったヌーヴェルヴァーグという映画運動の、代表的映画批評家フランソワ・トリュフォーが、ヒッチコックの映画技法を映画批評誌で賞賛し始めたのがきっかけだ。トリュフォーは更に8日間に渡りヒッチコックのインタビューを行い、それを元にヒッチコック/トリュフォーという本を出版している。彼の生み出した「作家主義」理論は、美術、音楽、文学と同様に映画も監督個人の表現手段とみなすべきだというものだ。そしてその理論がヒッチコック作品には顕著であるとトリュフォーは讃えたのだ。

また近年、この本を題材にした映画「ヒッチコック/トリュフォー」(Hitchcock/Truffaut)という作品も作られた。1962年にユニバーサルスタジオで行われたヒッチコックへのインタビュー映像、音声、写真を元に、監督のケント・ジョーンズが、マーティン・スコセッシやデイビッド・フィンチャーなど、ヒッチコックを敬愛する映画監督たちへのインタビューを織り交ぜて構成されている。

以後フィルムメーカーを始め様々な人々がヒッチコック作品を賞賛し始める。ハリウッドの代表格では「フレンチ・コネクション」や「エクソシスト」のウィリアム・フリードキン監督が、多くのインタビューやドキュメンタリー映画の中でヒッチコック作品のすごさを語っている。「キャリー」、「スカーフェイス」、「アンタッチャブル」のブライアン・デ・パルマ監督は自称「ヒッチコックの真の後継者」と名乗り、1980年には物語の構成から、テーマ、そして作品技法などで明らかにヒッチコック作品の影響を見せる「殺しのドレス」を発表した。

また「シェイプ・オブ・ウォーター」で2018年度のアカデミー賞 作品賞・監督賞を受賞したギレルモ・デル・トロ監督も、自らヒッチコックに関する本を出版したことがあるほどのヒッチコックファンだ。2017年に公開されたドキュメンタリー、「78/52: Hitchcock’s Shower Scene」では、デル・トロ監督をはじめ「ソー」や「インシディアス」の脚本家リー・ワネル、「ホステルパート3」や「フローム・ダスク・ティル・ドーン2」のスコット・スピーゲル監督、「ホステル」、「キャビン・フィーバー」のエリ・ロス監督等々、多くの若手フィルムメーカーがヒッチコック作品「サイコ」を分析し賞賛している。

ドリーズーム=ヒッチコック・ショットの誕生

このような多くの映画関係者が一致して、ヒッチコック最高の傑作だと言うのが「めまい」だ。公開当時は批評家の評論も悪くヒットしなかったが、映画ファンの中で噂が広がり、年を重ねるごとに有名となっていった作品だ。この作品の中に、後世のフィルムメーカー達に最も多く使用されて続けている映画手法がある。「ドリー・ズーム・ショット」、またの名を「ヒッチコック・ショット」「めまいショット」と言われるものだ。

「めまい」の中では主人公スコッティーが、教会のベルタワーを駆け上るシーンに使われている。高所恐怖症のスコッティーは、彼の恋愛の対象であるマデリンを追いかけて、狭い階段を登り始めるが、恐怖心に襲われスピードが徐々に遅くなっていく。そして恐る恐る階下を覗き込むスコッティー。この時彼のポイント・オブ・ビュー・ショットとして登場するのがこれだ。これはカメラ全体をドリーで後ろに引き、同時に手前の被写体の画角が変わらないようにズームを手で調整するというショットである。結果として、手前の被写体に対してカメラは動いていない様な錯覚を感じる一方、バックグランドはどんどん遠のいていくという異様な感覚を観客に与える。「めまい」のこのシーンでは、スコッティーの高所恐怖の心境と、彼が経験しているめまいの感覚を、効果的に観客に体験させている。この手法を使ったのはヒッチコックが映画史上初めてではないのだが、この作品内で使われた印象があまりにも強く、彼の名前までついてしまったショットとなったのである。

この後様々なフィルムメーカーがこのショットを取り入れているが、著名なところではスティーブン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」「ET」、マーティン・スコセッシ監督の「レイジング・ブル」「グッドフェローズ」、クエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」等がある。もちろん同じ手法を使ったからといって、そのシーンがすごいものになるとは限らない。そのショットがどの様な効果を観客にもたらすかを考えた上で、ここぞというタイミングで使わなければ意味はない。ここで述べた映画は、ドリー・ズーム・ショットが高い効果をもたらしている良い例だ。

スピルバーグ監督があるインタビューの中でも言っているが、現代の「すごい」といわれるフィルムメーカーは全て、1930年代、40年代、50年代の優れた監督の作品のコピーをしているにすぎない。しかし「ドリー・ズーム・ショット」と同じく、ただコピーしたからと言って、良い映画が作れるというものではない。過去の優れた手法を分析し、いかに自分のものとして自分の作品に適用していくかが、優れた作品を作る鍵となる。ヒッチコック作品に刺激され、学び、成功していくフィルムメーカーは、今後も絶える事はないであろう。

イラスト:三宅ひさこ