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感情表現に重要なフレーミング

- ヒッチコックのピュアシネマ 03 -

横山 智佐子 / 映画編集者

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以前ロサンゼルスで、映画制作の手法を学生に教えていたことがある。学校では映画を作ることによって、そのノウハウを学んでもらおうという方針だった。学生は在学中全員脚本を書き、監督し、プロデュースし、編集して映画を何本か仕上げなければならなかった。初めて現場を体験する生徒たちがまず直面する問題が、カメラをどの位置に置くかということだ。カメラが作動してさえいれば、どの場所からでも撮影することはできる。しかし映画と呼ばれるからには映像をただ「記録」するのではなく、「デザイン」しなければならない。そこで考えなければならないのはカメラ位置ではなく、各シーン、各フレームの存在の目的、つまり表現したい感情だ。それがわかれば、カメラの位置は自ずと決まってくる。

「めまい」のワンシーン

精神状態が不安定な妻マデリンの行動が心配だから跡をつけてくれ、と友人に頼まれた元刑事スコッティー。嫌々ながら承諾した彼は、マデリンの容姿を確認するために彼女が夫と食事をしているレストランにやってくる。入り口付近のカウンターに腰を掛けて密かに二人を見ているスコッティー。マデリンはグリーンのドレスを着て夫と会話を弾ませている。食事が終わり席を立った二人は、入り口の方へと歩いてくる。思わず目線をそらすスコッティーの前でふと立ち止まるマデリンだが、彼女の美しさは見逃せない。レストランを出る彼女を見送りながら、スコッティーは自分に迫る運命をどことなく察していた。
1958年制作のヒッチコックの映画「めまい」の一場面だ。公開当時、興行成績はあまり良くなかったようだが、年とともにその評価が上がり、1980年代に再公開されてからはヒッチコック作品の中でも最高傑作だと賞賛されている。インターネット上の数々の映画関係サイトでは、過去に制作された作品中、ベスト5の中に常に選ばれているほどの人気だ。オリジナルは35ミリのフィルムをフレームなしで撮影するビスタビジョンで撮影されていて、そのおかげもあって、近年復元されたバージョンでは作品中のカラーの使われ方が目を見張る。
ヒッチコックは映画の中での各シーンの最終的な目的は観客の感情を引き出すことだと言っていると以前書いたが、映画の各フレームも感情を表現するものであるべきだと言っている。映画の各フレーム、つまりスクリーン上に映し出される画像は、画角、色、ライト、Mise-en-scène(フレームの中に写し出されたものがどのようにアレンジされているか)等から構成されているが、これらが全てこの感情表現の鍵となっている。

グリーンとレッドが表すもの

冒頭で紹介したシーンでは、まず最初カウンターに腰掛けたスコッティーが探るように目を向けると、カメラは左に振ってレストランで食事中の客たちを映し出す。マデリンはどこだ、どうい人物だ?目線が誰かを探す様に、カメラは動いてロングショットでレストランの中を撮らえる。アングルはスコッティーの目線であるにもかかわらず、観客の方向からだ。ヒッチコックの意図は、映画を見ている観客をスコッティーの心情に重ねることだ。彼に代わってマデリンの姿を探す観客は、客の中に鮮やかなグリーンのドレスを着た女性をみつける。そしてカメラはゆっくりその女性に近づいていく。
コスチュームデザインの段階で、メインの人物を際立たせる手法はよく目にする。このシーンではほとんど黒っぽい服で埋め尽くされた客の中で、唯一マデリンのドレスを鮮やかなグリーンにすることによって、観客の注目を彼女に導いている。さらにこのグリーン色、そして赤色は作品中、コスチューム、装飾、照明に頻繁に使われ、特別な感情表現として用いられている。色の表現を解釈するのは各観客の受け取り方次第ではあるが、この映画を通常の35ミリよりも画像が優れているビスタビジョンで撮っていると言う事実は、ヒッチコックがそのカラー表現を特別に重視しているということの証明だ。
筆者が解釈するところでは、グリーンはマデリンの神秘的で謎めいた存在を、そしてレッドはスコッティーのファンタジーと秘められた愛情を表現している。さらに映画の後半ではグリーンはマデリンの迷いを示し、レッドはスコッティーの妄想と執着を表現している。ヒッチコックの他の作品にはあまり見られないこの様なカラーの使い方が、この作品の中ではふんだんに用いられているが、そのためか映画評論家たちの中では「めまい」はヒッチコックの最もポエティックな作品だとされている。

Proximityの法則

食事を終えたマデリンと夫は席を立ち、入り口の方へとやってくる。スコッティーは目をそらすが、彼の真後ろに立ち止まったマデリンを、カメラはクローズアップで映し出す。スコッティーの心情を示す様に、このレストランの内装は赤の壁で囲まれている。そしてマデリンのクローズアップは彼女の美貌を観客の心、そしてスコッティーの心に強烈に焼き付ける。彼女の美しさをさらに強調するかの様に、バックの照明はかすかに明るみを増す。切り返しのスコッティーのショットも同じクローズアップだ。彼女の方を見てはいないが、彼の目と表情が彼女の美しさに圧倒された彼の心情を語っている。この後彼は彼女に恋してしまうのだが、この秀悦にデザインされたドラマチックな二人の出会いの描写が、観客を難なくスコッティーの心情へと引き込んでいく。
映画を撮影する時、表現したい感情の強弱によってカメラの位置が決まるとヒッチコックは言っている。クローズアップは感情を強くさせ、ロングショットはそれを和らげる。突然クローズアップにカットすることにより驚きの感情を強め、変わったアングルのショットはドラマチックな感情を表現する。カメラと被写体の距離を映画制作の用語でProximityと呼ぶが、ヒッチコックはこの「Proximityの法則」にしたがって、各シーンの撮影をデザインしている。
上記で述べた「めまい」のシーンでもクローズアップとロングショットが効果的に使い分けられているが、もう一つ「サイコ」の中の1シーンを紹介したい。逃亡中のマリオンが一夜の宿をとったホテルで、ホテルのマネージャー、ノーマンと話をするシーンだ。二人が向かい合ってソファに腰掛け延々と会話をする動きの少ないシーンだが、ともすれば退屈な場面になりかねない設定を、ヒッチコックはカメラ位置とアングルを使い分けることにより、スクリーンに見る者を効果的に惹きつけている。
まず、たわいもない会話を始めた二人をカメラは通常の位置、ほぼ目線の高さからミディアムショットで撮らえている。次に会話がノーマンの母親の話になる時、ノーマンのショットは横からのローアングル(下から煽るショット)となる。バックには彼が作った鳥の剥製が、天井から彼を見つめている。母親にコントロールされているノーマンを表現しているのだ。バックの鳥たちが覆いかぶさる様に見えるドラマチックなローアングルは、見る者をおやっと思わせ、ノーマンの謎めいたバックグラウンドを暗示する。そして圧迫感、怯え、悲しさを表現しているかのようなこのショットは、ノーマンの心情を観客に伝えているのだ。
次に会話が母親の精神の異常性に触れた時、カメラは正面からのノーマンのクローズアップになる。観客の目は必然的にノーマンの顔に注目し、彼の目に突然現れた異常性にゾッとする感情を抑えられない。アンソニー・パーキンスの見事な演技とピタリとシンクしたカメラアングル、そして絶妙のタイミングで入るカットと音楽が、更に効果的にこの恐怖感を高めている。会話を終え立ち上がったマリオンのローアングルショットは、彼女を見つめる黒い鳥をバックに映し出す。この直後のシーンで彼女に起こる出来事を、不気味に示唆するかの様に…。