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映画における「第四の壁」の意味とは?

石川 幸宏 / HOTSHOT編集長

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4DX、MX4Dなど体験アトラクション型シアターが増えている。3D立体効果に加え、座席が動いたり、霧が吹き出したり、ニオイが出るなどの体験型アトラクションを楽しみながら映画鑑賞するシアターだ。
作品側もそれに対応する作品が出てきている。2015年の「ジュラシック・ワールド」、「スターウォーズ フォースの覚醒」を始め、4D対応作品も増えている。映像演出を補強:する体験=スクリーン+αとして、その後4Dアトラクションも各所で浸透してきた。4D対応のシアターシステムは現在日本国内には2種あり、韓国のCJ 4DPLEX社が開発した「4DX」が先駆けで、その後米国MediaMation社製の「MX4D」が2015年頃から導入された。現在、約50カ所の4D対応シアターがあり、どちらも劇場数を増やしている。

映像表現に限界はあるのか

そもそもスクリーンの中のフィクションと、観客の現実世界をつなぐ演出はどこからきたのか。それをモチーフにした有名な作品としては、映画館で観ていた主人公が現実世界へ飛び出してくるウディ・アレン監督の「カイロの紫のバラ」(1985年)が有名だが、こうした表現は映画以前の演劇の世界で「第四の壁を超える」という形で表現されてきた。
要はステージ後方の第一の壁、上手の第二の壁、下手の第三の壁、そしてステージと観客の間にあるとされる架空の壁が「第四の壁」である。演劇では客に向かって役者が話しかけたりする、いわゆる「客いじり」的な演出であり、別世界にいるはずの役者が現実の観客と接触することで、より演劇内容に引きずり込む効果を狙ったものだ。そういう意味では映画における「第四の壁を超える」の進化系として、まさに4Dシアターのようなモノも含まれるだろう。
しかし一方で、映像表現として果たしてそれだけでいいのか、という疑念も生まれる。映像だけの表現手段にはもう限界がある(時代性や市場性も含む)から、3Dそして4Dへ進化したというのだろうか。
今号で取り上げている作品の一つ「ブランカとギター弾き」は普通の映画作品だが、ラストカットの主人公ブランカの涙の笑顔が、映画を観終わったずっと後まで脳裏から離れない。彼女の様々な思いや感情がいつまでも心をよぎる。そしてこの切ない後味が残ることこそ、本作が世界各国で様々な映画賞を受賞して来た理由なのだと思う。そして、これこそがまさに映像で「第四の壁を超える」という意味なのではないだろうか、とふと気づかされた。

いま、映画館を出た後に何かのテーマをずっと考えさせられるような映画はどのくらいあるだろうか。エンタメ作品なのか作家性の強い作品なのかの議論をするつもりはない。映画産業全体を考えればどちらもプロの仕事である。良い悪いに関わらず、映像表現にはいつの時代にもその多様性を認める価値観が必要なのだ。
がしかし、興行収入重視の4Dシアターを含むシネコンが増える一方で、感情移入できる作品を多く掛けている単館上映の専門映画館が減っていくのは淋しい限りだ。デジタルの時代だからこそ、映画の多様な魅力をもっと違う形で拡散できる「第四の壁」の超え方に期待がかかるのだと思う。