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データフォーマットは誰のものか?

石川 幸宏 / HOTSHOT 編集長

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Ikutaro KAKEHASHI(Photo of 2018)
優れたテクノロジーとは、多くのクリエイターに夢と希望を与えるものだと信じている。しかし、新しいカメラシステムがリリースされるたびに思うのは、次々に出てくる新たなフォーマットやコーデックが、一体誰のために作られたものなのか? ということだ。決して新しいフォーマットを否定するつもりではない。だが、それを出すにあたって運用環境や市場状況、他社との連携など、ユーザーのことをどこまで考えているのか? という、メーカー側の姿勢について、度々疑問に思うのである。

去る4月1日、シンセサイザーなど世界的な電子楽器メーカーのローランドの創業者として有名な、梯郁太郎(かけはし・いくたろう)氏の訃報が飛び込んできた。
サウンド&ビジュアル業界の偉大な先輩であり、とくにこの半世紀のポピュラー音楽において偉大な功績を残された偉人である。個人的にも尊敬していた人物の一人であり、電子楽器の発展と普及において多大な功績を収めたのは周知の事実だ。享年87 歳、エイプリルフールにしては悪い冗談だと思った。

筆者は2008年9月に、静岡県浜松にあるご自宅で単独インタビューさせて頂いた経験がある。すでにご老齢で体調を気遣い、秘
書の方から取材時間は90 分程度でお願いします、というご注意を受けた。内容は当時の映像への考察についてであったが、話の中で

私が長年Rockファンであることを知るや否や、氏が過去に交流してきた幾多の世界的Rockスターとのエピソードや記念品を見せて
頂くなど、とても熱心に対応頂いたことを思い出す。結局、話が盛り上がってしまい4、5 時間もお邪魔してしまった。

その梯氏についてまず一番に思い当たるのが、電子楽器の演奏データをデジタル転送するための世界共通規格、MIDI(Musical Instruments Digital Interface)の生みの親ということだ。ミュージシャンや音響技術者なら誰もが知る規格=MIDIは、1981 年に規定された電子楽器接続のためのハードソフト両面から成る世界共通規格である。メーカーや国を超えて、音楽家があらゆる電子楽器を躊躇なく使用できるようにしたこの規格の制定、ならびにオープン化に尽くした功績と音楽産業の発展に貢献したことが高く評価され、2013 年の第55 回グラミー賞にて「テクニカル賞」を受賞。これは個人としては日本人で初めての快挙だ。技術的な支障をなくしていかに音楽カルチャーを助長するか、MIDIの策定にはそんな思惑もあったのだと思う。
映像業界の現況における急速な技術進化の過程において、 映像フォーマットが乱立せざるをえない理由があることは分かる。しかし、拡大しつつある映像制作市場において、 映像フォーマットは誰もが躊躇なく運用できるものであるべきではないだろうか。梯氏の功績を鑑みたとき、ふとそう思った。

2008 年のインタビュー時にこんなお話もされていた。

「いまはペットボトルのミネラルウォーターを買って、普通に飲んでいますよね? 実はこの水の値段はガソリンの値段よりも高いんです。誰も数年前まで、まさかガソリンよりも高い水を飲む時代がくるなんて思ってもみなかった。映像だって同じです。気づかないうちに誰もが普通に映像が作れる時代がすでにきている。」

それから4年後の2012 年。これはハリウッドのある撮影監督から聞いた話だが、ある統計によれば2012 年は映像とネットの関係において記念すべき年であり、過去から2011年までにネットに上がった全ての映像・画像よりも2012 年のたった1年間でネットに上がった映像・画像の数が、それを上回った年なのだそうである。つまり人々は文字で意思疎通する時代から、ビジュアルでコミュニケーションする時代へと変わったのだ。
この時代にどんなフォーマットが必要なのか?映像制作者にとって何が最も映像カルチャーを助長させるものなのか?いま一度考えてみるべき時期にあるのではないだろうか?

梯郁太郎氏の功績に敬意を表し、心からご冥福をお祈り致します。R.I.P.